妹様のお使い(続き)


5.魔理沙、人助けをする

 「上海!向こうの状況はわかるか」
魔理沙が“上海”に尋ねると、しばらくして答えが返ってきた。
《救命信号ヲ出シテイルノハ五百人くらすノ民間旅客船デス。でーた照会ニヨルト、白玉楼行キトノコトデス。
大キナ爆発反応ハアリマセン。オソラク機関破損、行動不能状態》
「咲夜の言ったとおりか。隕石にでも当たったのか?」
《隕石ノ存在ハ確認デキマセン。シカシ・・・巨大ナいれーざーえねるぎーの反応ガ認メラレマス》
「イレーザーだと?」
魔理沙は驚いた。
《ソシテ空間ノワズカナ歪ミモ確認デキマス。オソラク旅客船ハ戦艦くらすノ巨大艦トにあみすシ、
その重力振動デ船体破損。巨大艦ハソノ直後、てれぽーとシタモノト思ワレマス》
「ひどいことをする奴らだな!どこの国だ、頭に来たぞ」
魔理沙はパキパキと指を鳴らした。「まだうろうろしていやがったら、一発食らわせてやるところだ。
こんなことだったら、“魔砲”装備してくるんだったぜ」
 “ネーベルスカッツ”は、現在「ブレイジングスター」用の箒形突撃槍を装備していた。
宇宙戦なら一撃離脱の箒形バスターランチャー「マスタースパーク」のほうが使い勝手がよかったのだが、
それはレミリアの用件を前もって知ることができなかったゆえ、仕方がない。
《接近シマシタ、減速シマス》
「まだ大丈夫だろうな。脱出カプセルとか出てるのか?」
《イエ、信号ハ船自体カラ出テイマス》
「周辺に敵はいないな?」
《ハイ、戦闘機オヨビMHハ確認デキマセン》
「咲夜はあとどれくらいで到着する?」
《28分デス》
「正確だな。よし、減速して変形、回線をつないでくれ」
《イエス、マスター》
 まもなくネーベルスカッツは人形に変形して最減速、旅客船を視界に捉えた。
同時に回線がつながり、魔理沙は船に向け呼びかける。
「大丈夫か?こちら、霧雨魔理沙だ。箒に乗って助けに来たぜ」
《・・・天位騎士の霧雨魔理沙様なのですか?》
「ああ、そうだ。そちらは爆発の心配はないのか?」
《・・・・は、はい!機関は非常停止していますが、爆発の心配はありません》
「了解だ」
《ありがとうございます!魔理沙様に助けていただけるとは・・・これ以上の幸運はありません!》
「魔理沙、この人に会ったことあるの?」
と、フラン。魔理沙は首を振った。
「うんにゃ、名前も知らん」
「でもこの人、魔理沙のこと知ってるよ」
「ああ、なんか有名らしいな」
「魔理沙、すごいんだね」
「それほどでもないがな」
《ちょっと!魔理沙!》
その時、回線からどこかで聞いたような女性の声が聞こえてきた。
《あなた、こんなところで何してるのよ!》
「あー?どちらさまでしたでしょうか?」
魔理沙はちょっと驚いたが、からかうように聞き返す。すると、
《いい加減にしなさい!》
アリス・マーガトロイドの怒ったような声がコクピットにわーんと響いた。


 28分後、“ブラド・ツェペシュ”が現場に到着し、旅客船の乗客を一時収容した。
その中には、何とファティマ・マイトにしてMHマイトの「ダブル・マイト」と呼ばれる天才、アリス・マーガトロイド博士と、
彼女を迎えに来た白玉楼の騎士見習い、魂魄妖夢がいた。
彼女たちはひとまず“ブラド・ツェペシュ”内、魔理沙に割り与えられていた部屋に入っていた。
「しかしアリスがあんな旅客船に乗ってるとは思わなかったぜ」
魔理沙はアリスを横目で見やって言った。アリスはむくれて、
「別に何に乗ってたっていいじゃない。人を王侯貴族みたいに言って」
と言い返した。
「私が幽々子様の命で博士を迎えに上がったのです」
その時、妖夢が口を開いた。本当にすまなさそうな、いたたまれない表情をしている。
「ちゃんとした艦を用意できればよかったのですが・・・あいにくそれができなくて・・・
そのせいで博士をこんな目にあわせてしまって、本当に申し訳ございませんでした・・・」
 彼女は若いながら非常に生真面目で責任感が強い。魔理沙も何度か会ったことがあったが、
もう少しでいいから肩肘張らず、年相応に振舞えばいいのに、と思っていた。
もっとも、彼女はこの前幽々子や紫とともに紅魔館に押しかけて大騒動を起こし、
彼女自身も心ならず主君の命令で美鈴を斬って捨てているので、居心地の悪さもあるのだろう。
「小型艦一隻も用意できないの?貧乏ね」
フランが気遣いの欠片もないことを言う。妖夢はぐさーっと心を突き刺されたように小さく仰け反った。
「はい・・・お恥ずかしいです・・・」
「フラン、いじめてやるなよ」
魔理沙が眉をひそめたが、フランはきょとんとしていた。
「何が?」
「もう、いいわよ」
アリスは妖夢をなぐさめた。「おわびはあの船の中で何度も聞いたから。
許せないのはあの艦よ。航路に割り込んでニアミスして・・・」
「どこの艦なんだ?」
と魔理沙。
「わからないわ。識別マークもないし、識別信号も出してなかったみたい。
私がちらと見た感じでも、見覚えのある艦じゃなかったわ」
「そうか。でも災難だったな。本当に無事でよかったぜ」
「・・・ありがとう」
アリスはやや口ごもりながら魔理沙をちらりと見る。フランは怪訝そうな顔で二人の顔を交互に眺めた。
 「お茶が入りましたよ」
その時、咲夜が入ってきた。「博士、しばらくぶりですね」
「咲夜、そうね、しばらくぶり。“倫敦”と“殺人ドール”にも後で挨拶しなければね」
「はい、どちらも喜ぶでしょう」
「あ、そうそう。咲夜、“巫姫”のほうは今どうなってるのかしら」
「お嬢様が調整されています。私たちが出る前、これからMHの最終調整をするとおっしゃられていましたから、
今その真っ最中ではないかと」
「そう。霊夢にふさわしいMHになればいいんだけど・・・」
「そう・・・ですね」
咲夜は微妙な相槌を打った。彼女にとっては、レミリアと霊夢が親しくする光景はあまり見たいものではなかった。

 

6.一行、白玉楼へ到着する

 「ところで」
魔理沙はアリスに訊いた。「白玉楼へ何しに行くところだったんだ?」
「知らないわ」
とアリス。「妖夢も用件を知らないのよ。幽々子がとにかく来いって言ったんだってさ」
「まったく、どこの主人も最近適当だな」
「はあ・・・」
妖夢はまた縮こまった。魔理沙はその妖夢に訊いた。
「おまえはまだ騎士にならないのか?白玉楼にもファティマが三人いるだろう」
「それは幽々子様が決めることですから。私が幽々子様に認められるまで、日々精進するのみです」
「幽々子もいいかげんなんだか厳しいんだか、よくわからんな。でも騎士になってもMHがないんだったな」
「はい」
 白玉楼はMHを配備するほどの余裕はないので、町の守備はごく一般的な兵器に頼っていた。
ただ魔理沙は、白玉楼には西行寺幽々子と知り合いの八雲紫がどこかからか持ってきたロボットが数機あることを知っていた。
「妖夢」
アリスが妖夢に声をかけた。「私たちはこのまま“ブラド・ツェペシュ”で白玉楼に行きましょう。そのほうが早いわ」
「ああ、それでしたら」
咲夜が微笑んだ。「レミリア様から許可が下りました。乗客全員をこのまま白玉楼へ送るようにと」
「へえ!レミリアも太っ腹だな」
と魔理沙。
「それは助かるわ」アリスもにこりとした。
「ありがとうございます」
妖夢も丁寧に頭を下げる。
 かくて彼女たちは一緒に白玉楼へ向かうこととなった。


 “ブラド・ツェペシュ”は、小惑星帯の中のとある小惑星を改造して造り上げた白く輝く幽雅な宇宙都市、白玉楼に到着した。
「ちょっ、妹様はどこ!?」
しかし到着早々、咲夜は慌て声を上げていた。フランがいなくなってしまったのだ。
「魔理沙!」
咲夜は魔理沙の襟首をつかむとぐいと引き寄せた。そしてスリーパーホールドにとって締め上げる。
「あなた!妹様の護衛でしょ〜〜〜!何ぼんやりしてるのよ〜〜〜〜〜!」
「ぐえええええええ」
魔理沙は眼を白黒させた。「さ、咲夜、ギブギブギブ」
必死でタップし、解放してもらう。しかしすかさず第2ラウンドが始まった。
「さっきまでいたのにね」
アリスは辺りを見回した。「いくらなんでも、遠くには行っていないでしょうけど」
「お迎えの車を回しましたが・・・」
妖夢がやってきたが、咲夜VS魔理沙のバーリトゥードの光景に口をあんぐりさせる。「ど、どうしたんですか・・・」
「犬同士がじゃれあってるだけよ」
とアリスはこともなげに言った。「それよりも、フランドール見なかった?」
「えっ・・・見ませんでしたけど。いなくなったんですか?」
妖夢は焦った表情になる。「エアロックの方に行ってたらまずいですよ・・・」
しかしそれは間もなく杞憂に終わった。
「まりさー!さくやー!」
フランが満面の笑顔で走ってきた。えらく長いアイスバーを何本も抱えている。売店で買ってきたようだ。
「妹様!」
メイド秘技・殺人ノーザンライトボム”の体勢に入っていた咲夜はそれに気づくと、
しっかりと魔理沙の脳天を床に叩きつけてからフランのもとに駆け寄った。
「アイス買ってきたよー。みんなで食べよう!」
フランは屈託なく笑い、咲夜にそのうちの一本を手渡す。
「あ、ありがとうございます」
ちょっと注意しようと思っていた咲夜だったが、フランも自分たちを気遣ってくれていたことを悟ってその言葉を飲み込んだ。
 咲夜はそのアイスバーを受け取った。商品名は“ねんがんのアイスソード”となっていた。
「白玉楼みやげなんですよ。今度新発売で」
と妖夢が言った。「殺してでも奪い取りたくなるくらい美味しいです」
「・・・物騒なアイスね」
咲夜は眉をひそめた。
 魔理沙も頭から床に突き刺さっていたところをアリスに引っこ抜かれ、一緒にアイスを受け取った。
「それではご案内いたします」
妖夢は一行を連れ、幽々子の邸宅へと案内して行った。
車内では、咲夜がフランと魔理沙に対し礼儀について厳しく言ったり、
しかし魔理沙がそれを聞きやしないので咲夜が車内で「ザ・ワールド」発動して魔理沙を車外に吹っ飛ばそうとしたりとドタバタしていたが、
どうにか無事に目的地へと到着した。


 「ようこそ白玉楼へ」
西行寺幽々子は一行を艶やかな笑顔で迎えた。「皆様を心から歓迎いたします」
 フランは幽々子の歓迎の言葉に対し、その答礼をする。咲夜は内心心配していたが、フランは驚くほど立派にやってのけた。
やはりレミリアと同じ血を引いているだけはある、と思った。
「こちらが、わが主レミリア・スカーレットからの書簡です」
それからフランはレミリアから託されていた書簡を幽々子に手渡した。
「ありがとう」
幽々子は小さな大使に向かって微笑みかけた。すると、フランが言葉を続けた。
「わが主より、この場で読んでいただきたいとのことでした」
「あら」
幽々子は首をかしげた。「それはそれは」
そして封を開け、手紙を目で読み始めた。
「何だ?」
それを見ながら魔理沙は咲夜に訊いた。「何が書いてあるんだ?」
「知らないわ」咲夜は首を振った。「妹様がずっと持っておられたし、お嬢様も教えてくださらなかったから」
「何か、大事になりそうな気がするわね」
アリスは幽々子の表情を見ながら言った。幽々子は、面白そうな笑みを浮かべていた。
 手紙は二通あり、一通はいつも通りMH装甲材や実剣用の鋼材の購入依頼。
そしてもう一通には、こう書かれていた。

 S.K.D.元首レミリア・スカーレットより白玉楼統領西行寺幽々子様にご挨拶申し上げます。
先日はわが館にお食事のためお越し下さったようですが、私の不在により大したおもてなしもできず、大変失礼いたしました。
そのおわびとして、種々の珍味をお贈りさせていただきます。ご賞味くださいませ。
それ以前にも、ミスティア・ローレライの幼生を食べ逃しておられるでしょうし。
 さて、先日の件において、貴殿の従者魂魄妖夢殿がわが館の門番紅美鈴と手合わせをしたと聞いております。
しかし彼女と魂魄殿ではいささか役者が違うと存じ上げます。
そこで、此度は魂魄殿とわが紅魔騎士、フランドール・スカーレットを手合わせさせていただきたく存じます。
必ずやお楽しみいただけると存じ上げます。

 「あらあら」
幽々子はふうと息をついた。
(幼生の件もバレてるのね〜。あの時はレミリアもずいぶんとひどい目に遭ったようだし、
先日の件でも何か言ってくると思ってたけど・・・こうきたか)
 フランを見る。彼女は目をキラキラさせ、幽々子の返事を今か今かと待っているようだった。
(断ったらこの子に悪いわね〜。それに、レミリアにも腰抜けって陰で笑われそうだし)
 幽々子は微笑み、妖夢のほうを向いた。
「妖夢!こちらへ来なさい」
「はい」
妖夢はすぐに主人の傍らに控えた。「何でございましょうか」
「こちらの騎士と立ち合いなさいな」
「えっ?」
妖夢は目を丸くした。

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