妹様のお使い(前の続き)


3.魔理沙、依頼を受ける

 「フランの護衛?」
魔理沙は思わず頓狂な声を上げた。「護衛・・・って、フラン、どこかに行くのか?」
「うん」
フランが楽しそうにうなずく。レミリアが彼女の頭を撫でながら言った。
「フランも最近かなり立派になってきたし、S.K.D.の一員としての自覚も出てきたみたいだから、
ちょっと白玉楼への使節をお願いしたいのよ。なに、そんなに難しいことじゃないわ。
書簡と荷物を持参して、それと引き換えの荷物を持って帰るだけだから。
私は新作MHの調整で今手が離せないから一緒には行けないの。
あなたならフランと親しいし、フランが癇癪起こしても抑えてくれるしね」
「お姉様、私もうそんな子供じゃないわ」
フランがむくれる。レミリアはくすくすと笑ってフランを抱きしめた。
「ふふ、冗談よ。フランはもう立派な紅魔騎士だものね。でも、魔理沙がいたほうが楽しいでしょう?」
「それはもちろん!」
フランは魔理沙のほうを向いてにっこりと笑う。レミリアも魔理沙のほうを向いて、
「というわけで魔理沙、受けてくれるわね」
「やれやれ、フランに護衛なんかいらないだろうに」
魔理沙は苦笑した。「護衛ってのは普通、弱い者を守るってことだぜ?
でも、フランがしっかりとお役目を果たすってところも見てみたいしな。今ヒマだし、受けてやるぜ」
「やった!」
フランが背中の美しい羽根をパタパタさせる。
「それで、報酬のほうは・・・」
と言った魔理沙にレミリアが笑いながら言う。
「あら、この前館内でF.M.S(ファイナルマスタースパーク)撃って、館に大穴あけた分の修理代請求しようかしら?」
「ちょっ・・・マジかよ!」
魔理沙は蒼くなった。「ただ働きか?あの時はフランを守るためにやむなくだな・・・そうだろフラン!」
「うーん・・・報酬とかそういったことはお姉様の考えることだから・・・でも、あの時のことは感謝してるよ、ホントだよ」
フランは、ありがたいのかありがたくないのか微妙な返事を返した。
「こんなに頭身が小さくなってまでフランを守ったのに、そりゃーないぜレミリア!」
「いいじゃない、可愛くなったんだから。口ぶりは可愛くないまんまだけど」
レミリアは四頭身くらいの魔理沙に言った。「あれからちょっとは伸びたみたいね」
「毎日キノコ食べてるんだぞ、まったく」
魔理沙はむくれた。レミリアは可笑しそうに尋ねる。
「そこまで戻すのにいったい何個のキノコを食べたの?」
「おまえは今までに吸った人間の数を覚えているのか?」
「あら、いつぞやのお返しね」
レミリアは苦笑いした。「でも、そんなに蒼くなるなんて、今、懐に余裕がないの?」
「いや、そういうわけじゃないけどな」
魔理沙は頭をかいた。「最近上海の奴がそういうことに厳しくなってなー。しっかり稼げってうるさいんだ」
「ファティマも造り主に似るのね」
レミリアがおかしそうに笑う。
「全く、アリスがいっつもそばにいるみたいだぜ」
魔理沙は肩をすくめた。「でも引き受けるって言っちまったし・・・ああ、アイツ、怒るだろうな」
「冗談よ」
困ったような顔をした魔理沙にレミリアはさらりと言った。
「へ?」
「冗談よ。それなりの報酬は払うわ。私は、館の修理くらいのはした金を盾に人をこき使うなんて貧乏人ではないもの」
「本当か!」
魔理沙は曇り顔から一転、快晴顔になった。「まったくレミリアも人が悪いな。人じゃないけど」
「あなたが、館の壁に穴あけたことに対して罪悪感持ってるかどうか試しただけよ」
とレミリア。「さっきの口ぶりじゃちょっとは悪いと思ってるようだから、上乗せしてあげようかしら」
「私を試したのか。仏の魔理沙さんを試みるなんて罰が当たるぜ」
「誰が仏ですって?別に神も仏も怖くはないけどね」
レミリアはふんと鼻を鳴らした。
 館の修理に関して実際には相当の費用がかかっていたが、しかし彼女には言葉どおりはした金だった。
その財力は幻想郷一といっていいだろう。
 さて、とレミリアは咲夜のほうを見て、
「あと、咲夜。あなたもフランに同行してほしい」
と言った。
「私もですか?」
咲夜はぽかんとした。
「だって、フランはともかく魔理沙までこんなに小さかったら、使節としてちょっとねえ」
「それは・・・」
咲夜は四頭身魔理沙を見下ろした。「確かにそうですが」
「くっ・・・」
魔理沙は咲夜を見上げて歯軋りした。
「しかし、それではお嬢様のお世話が」
咲夜が困り顔で言う。だがレミリアはこともなげに言った。
「私はMHの調整に籠るから、何日間かはあなたがいなくても大丈夫よ。その分、フランの身の回りのことをお願い。
魔理沙じゃそういうこと無理だし」
「・・・承知いたしました」
咲夜は拝命の礼をとった。
 彼女としてはいささか不本意な命ではあったが、完全で瀟洒な従者は主命にこれ以上疑義を挟むことはしなかった。


 S.K.D.の旗艦“ブラド・ツェペシュ”に自分のMHを収納した魔理沙は、咲夜とフランのMHドーリーを見上げた。
咲夜のMHは“殺人ドール”なのだろうが、フランの紅いドーリーには何が入っているのだろう。
「フランは何を持っていくんだ?」
と傍らでうきうきしているフランに聞く。
 フランは、
「それは秘密」
と悪戯っぽく笑った。
「レッドマジックやスカーレットマイスタじゃないのか」
「はずれ」
「まだ新型があったのか」
「それもはずれ」
「?わからないな。降参だ。まあ、戦いに行くわけじゃないからな」
「へへ、運がよければ見せてあげる」
そういう場面になったら、それは運がいいとは言えない。
 咲夜は彼女たちの隣でてきぱきと出港の準備をしていた。
そういうことは咲夜に任せて、自分はフランの相手をしていればいいだろうと魔理沙は思っていたが、
実際咲夜としても、誰かに横槍を入れられるよりは自分ですべて仕切ったほうが効率がよかった。
二人は準備万端整うまで、艦内のフランの部屋で時間を潰すことにした。
 「・・・それにしても、いったい何なのかしら、この荷は」
咲夜は搬入されるコンテナを見ながらため息をついた。
目録には、「マンモス」とか「ドードー鳥」とか「モア」とか「ステラ海牛」とか「視肉」とか「マンドラゴラ」とか「ヒトニグサ」とか、
珍妙な物が並んでいる。
博物館にでも行きそうなラインナップだったが、
(食べるのね・・・)
と咲夜は思った。 
(それにしても・・・これと引き換えに何を持ち帰るのかしら?
書簡は、お嬢様が厳重に封をされて妹様がお持ちだから・・・)
 その内容に関しては、レミリアも咲夜に話さなかった。しかし、行き先が白玉楼ならある程度の見当はつく。

 

4.フラン、宇宙を飛ぶ

 レミリアと小悪魔の見送りのもと、フラン一行は「白玉楼」へと向かった。
「白玉楼」は宇宙に浮かぶ小惑星を改造した町で、鉱物資源の採掘で生計を立てている。
彼らの採掘する鉱物は幻想郷に存在しないものがほとんどなので、彼らが財政的に困ることはなかった。
とはいえ裕福ではなくトントンの生活で、
さらに彼らの主である西行寺幽々子は度を越した美食家あるいは健啖家として知られ、
彼女が町の財政のエンゲル係数を高めていると幻想郷では専らの噂だった。
それでも彼女の施政は的確で、時折やってくる幻想郷からの盗掘者に対しては自ら出向いてお仕置きを加えたりするなど
いざというときの働きも素晴らしく、その美貌とともに町の人々の誇りとなっている。
 「うわー、星が一杯!」
“ブラド・ツェペシュ”の艦橋でフランははしゃぎまわっていた。彼女は城から出ること事態が初めてなので、無理もない。
「妹様、あまり走り回られては」
咲夜がそれを止めようとするが、フランは聞く耳持たない。
「魔理沙、あなたも何とかしなさい」
「ん?」
魔理沙は箒の柄で頭をこりこりとかきながら首をかしげた。
「何とかって、何だ?」
「あなた、何のために来たのよ」
咲夜が睨みつけてきたが、魔理沙はこともなげに答えた。
「フランの護衛だ。この艦内でやることなんかないぜ」
「あなたね・・・」
咲夜が今にも時間を止めてナイフを繰り出しそうになったので、魔理沙は肩をすくめた。
「怒るなよ。だいたいフランは生まれて初めて外に出て、こんなにきれいな星の海を見てるんだぜ。
うきうきしてはしゃぎ回るのは当たり前だろう。私も初めて宇宙を飛んだときは感動したぞ。
それとも、フランの純粋な感動を無理やり押さえ込んで、ストレスたまったフランに艦内で大爆発されたいのか?」
「それは・・・」
「姉妹といってもフランとレミリアは違うんだからさ。そりゃ、公の場じゃおまえの言うとおりにしないといけないけどな」
「はあ・・・」
ずいぶんと頭身の小さい魔理沙に諭されると、なんかムカつく。
 「魔理沙!」
天井のモニター一杯に広がる星の海の下、両手を広げ振り仰いでいたフランが魔理沙のほうを向いて叫んだ。
「すごい星!魔理沙の魔法でも追いつかないんじゃない?」
「そりゃそうだぜ。私が一万人いたって追いつくもんじゃない」
魔理沙は笑った。「綺麗だろ」
「うん」
フランは眼前に広がる宇宙を見回した。「今までは、塔の窓から見える星しか見たことがなかったから・・・」
「これからは好きなだけ見られるぜ」
「そうね」
フランは咲夜のほうを見た。「咲夜、私、ちょっと宇宙を飛んでみたい」
「ええ!?」
咲夜は驚いた。「だめですよ!生身で外へ出られては!」
「当たり前じゃない。MHでよ」
フランは口を尖らせて言った。「バカにしないで」
「申し訳ございません」
咲夜は謝ったが、それでも毅然と言った。
「しかし、妹様のあれはまだ動かせません。それに第一、妹様は今回の大使なのですから、軽々しく動かれては困ります!」
だが、フランは意に介せず、指を立てて言った。
「咲夜が心配するのもわかるわ。大丈夫、魔理沙のに乗せてもらう。もちろん魔理沙操縦で。
これからは私もいろいろ出て行くことになるんだし、宇宙にも慣れておかないとね。
魔理沙のは出せるんでしょう?」
「ああ、エネルギーも補給したし、いつでもいけるぜ」
「魔理沙まで!」
「まあ、ちょっとはいいだろ。何事も勉強だ」
「咲夜、お願い!」
フランは両手を合わせ、その指先を唇につけると首をかしげ、ウインクした。
「・・・・っ!」
その愛らしさに咲夜は急いで時を止め、鼻の状態を確認した。鼻はまだ無事だった。
(さすがお嬢様の妹・・・強力ですわ・・・っ!)
 咲夜は時間停止を解除すると、ため息をついて言った。
「しょうが・・・ありませんね。では一時間だけですよ。魔理沙、責任持って妹様をお願いします!」
「了解だぜ」
「やった!」
フランは魔理沙に飛びついた。「早く行こう!」
 「・・・まったく・・・」
二人が出て行ったあと、咲夜は大きく息をついて上を見上げた。
今からこんな調子で、ちゃんと役目を果たせるのか、心配になってきた。
しかし、レミリア・スカーレットの完全で瀟洒な従者、
“フラワリング・シバレース”がこれしきのことでへこたれることは許されないし、
あってはならないのだ。
 咲夜は周辺宙域の哨戒を厳にし、あわせて自らのMH“殺人ドール”のスタンバイを命じた。
アリス・マーガトロイド博士のフローレス・ファティマ“霧の倫敦”が“殺人ドール”に乗り込み、システムのオールチェックを行う。
“ブラド・ツェペシュ”に向かって狼藉を働く愚か者はいないとは思うが、念には念を入れなければならない。


 魔理沙の“ネーベルスカッツ”が飛行形態で宇宙の海を突っ切ってゆく。
「速い速い速い!」
フランが魔理沙の膝の上で跳ねる。
コクピットに二人入っているので通常なら相当窮屈なのだが、今の魔理沙は小さくなっているため
コクピットルーム内の機器もそれにあわせており、空間的には余裕があった。
もっとも、この状態でのMHコントロールは無理なので、今は“上海”にコントロールを任せている状態だが。
「こいつは空や宇宙で本領を発揮するんだ。このスピードについてこれるMHはいないぜ」
と魔理沙が得意そうに言う。
「宇宙を飛ぶのは気持ちいいね。何も考えずにどこまでも飛べるから」
フランはモニターを食い入るように見つめながらつぶやいた。魔理沙が後ろから言う。
「ぼーっとしてると小惑星にぶち当たっちまうから、ちょっとは気をつけないとな」
「魔理沙は当たったことあるの?」
「初めて宇宙に出て、師匠と模擬戦やったとき、師匠にうまく誘導されてぶつけられた」
「あはは、魔理沙の先生は人が悪いわね」
「全くだ」
「今もヒマな時は戦ったりしてるの?」
「それは無理だぜ。もう死んじまってるからな」
「あら、早死にしたのね」
「はは、私もたぶん早死にだろうな」
魔理沙はフランの頭を撫でた。フランから見ると、ほぼすべての人間が早死にになるだろう。
 それを聞いたフランはすぐに振り返って言った。
「そんなのダメ!魔理沙は強いんでしょう、死ぬわけないわ!」
「ああ・・・」
魔理沙はフランの怒ったような、怯えたような複雑な表情を見て、今言ったことを後悔した。
「ごめんなフラン。私はそう簡単には死なないぜ」
「そうよ、魔理沙は強いんだから」
彼女も、そのうちわかるだろう。姉のレミリアと同じように。
もっとも、自分のこの伸びたり縮んだりの変な体質ならば、
やりようによっては結構長生きいけそうな気もした。
 《マスター!》
その時、“上海”の声が聞こえてきた。
「どうした?」
《救命信号ヲきゃっちシマシタ!九時ノ方向、距離ハ3万6000!》
「救命信号だと?何からだ?」
《民間船ノヨウデス。内容マデハワカリマセン》
「そうか。“ブラド・ツェペシュ”につないでくれ」
《イエス、マスター》
 しばらくして“ブラド・ツェペシュ”の咲夜と回線がつながる。
《救命信号の件かしら》
と、咲夜が開口一番訊いてきた。
「さすが完璧で瀟洒な従者。話が音速速くて助かるぜ」
魔理沙は笑って、「どうする、助けに行くか?」
《そうね》
一瞬咲夜の言葉が途切れたが、すぐに続きが聞こえてきた。
《助けに行きましょう。この宙域を飛ぶ民間船は、おそらく白玉楼行きの船でしょうし。
魔理沙、先行して頂戴。妹様、大丈夫ですか?》
「うん、何だかわくわくしてきた!戦いになるかな!」
《妹様、人助けのほうが先です。それに、妹様がそこにいらっしゃっては魔理沙は戦えませんよ》
「ぶー」
「ハハハ、私の“ネーベルスカッツ”を見て戦おうとする馬鹿はそうはいないぜ。フラン、残念だな。
それじゃ咲夜、一足お先に!」
 “ネーベルスカッツ”は、救命信号の出されている方向に向け最高速度でカッ飛んだ。
コクピットにフランがいるために光速移動ができないが、この距離ならばスタンバイ時間を考えるとそう変わらないはずだ。

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