1.魔理沙、紅魔館を訪ねる 「上海!今日はいい天気だな」 霧雨魔理沙はMH「ネーベル・スカッツ」のコクピット内で大きく伸びをした。と、 「雲ノ上ハ毎日晴レデスヨ、ますたー」 すぐにファティマ「上海」の声が聞こえてくる。魔理沙は笑ってシートに身をうずめた。 「まあ、そうだな。しかし雲の上を飛ぶのは気持ちがいいぜ・・・ アリスが今度新しくMHを作ってくれるそうだが、地上戦用ってのがな。 自分としちゃ、空や宇宙をかっ飛ぶほうがいいんだが」 箒で空を飛ぶ魔女のような飛行形態を持つ宇宙・空中戦用MHネーベルスカッツは、 眼下一面に広がる白い雲海の上を超高速で飛んでいた。深青の空に輝く太陽が、雲海を明るく照らしている。 「母様ハ、ますたーノ戦績ヲ上ゲタイト思ッテイルノデス。コノ子ハ、基本的ニ空中戦ヤ宇宙戦用デスカラ」 「はっ、“天位(Lunatic)”持ってりゃ、別に戦績もいらんだろうにな」 「コノ子ノ維持ニモ費用ガカカリマスカラ、ドコカニ仕官スルカ、傭兵トシテ報酬ヲイタダクトカシタ方ガイイト思イマス」 「・・・おまえも所帯じみてきたな。まあ、今のとこ、アリスや紅魔館から仕事もらってるからいいだろう。 今日の用事もそれかな?上海、紅魔館はまだか?」 「モウスグデス。2分後ニ高度下ゲマス、用意シテクダサイ」 「了解だ。今日の下の天気はどうなんだ?」 「TV東方ノ天気予報ニヨレバ、晴レダソウデス」 「TV東・・・そうか。しかし上海ばかりずるいぜ。こっちでもTV見れるように、アリスに改造してもらおうかな」 「ソノ前ニ、ソノこくぴっとノ掃除ヲシテ下サイネ」 「・・・ああ、そうだな。考えておくぜ」 魔理沙は、辺りに散らかっているマジックアイテムやらキノコやらを見ながら頬をかいた。 霧雨魔理沙は騎士でありながら魔法使い(ダイバー)という「バイア」であり、 また“天位(Lunatic)”という最高位の称号を与えられている。 MHマイト、またファティマ・マイトという図抜けた才能を持つアリス・マーガトロイド博士の最高傑作ファティマ“上海”を従え、 師である魅魔譲りのMH“ネーベルスカッツ”とともに、幻想郷にその名を知られていた。 彼女はどの国家にも所属しないフリーの騎士だが、表裏いろんな用件で諸国に手を貸し、その報酬で生計を立てている。 最近はレミリア・スカーレットのS.K.D.(スカーレット・キングダム・ディメンス)や、 親しくしている(というか、あっちから押しかけてくる)アリス博士よりの依頼が多い。 今日は、珍しくレミリア・スカーレットからの直々の呼び出しメールを受け、彼女の元を訪れるところだった。 2分後、ネーベルスカッツは高度を下げて雲海の中へ突入し、あっという間にそれを抜けて「下界」へと降りてきた。 神話の神々が上天から地上に降りてくるときはこんな感じなのかもな、と魔理沙はふと思ったことがあった。 地上も陽光に照らされ、森や湖、河や海がきらきらと輝いている。 あちこちにある都市も銀色に光り、いくつもの車両や航空機が空を飛んでいるのも確認できた。 MHは減速しながら高度を下げ、ほどなく海ほどもある大きさの湖の上空に達した。 この湖の中央にある島に、この星を統治するS.K.D.の主レミリア・スカーレットの居城、通称「紅魔館」がある。 「さってと、今日もあの中国と遊んでやるか」 魔理沙がふん、と鼻を鳴らすと、ファティマルームから上海が言った。 「今日ハ、アチラカラノオ招キナノデスカラ、戦ウコトハナイノデハ?」 「ああ・・・そうだったな」 いつもは無断で押しかけているから、ついその気になってしまった。 「ソレニ、“京”ハ私ノ妹デス。イジメナイデクダサイネ」 「そいつは心得てるぜ。ファティマルームはきっちりよけて、騎士のコクピットルームにいってるぜ」 「アリガトウゴザイマス」 それもひどい話なのだが。 遠くに紅の塔が見えてきた。紅魔館が目前に迫ったのだ。 ネーベルスカッツはさらに高度を下げて湖のすぐ上を滑るように飛び、その後ろでは湖水が大きく波打つ。 「アイツとやらずに紅魔館へ入るのもなんだか拍子抜けだな」 魔理沙が苦笑しながらそう言ったとき、上海の急迫した声が飛んできた。 「前方、エネルギー反応!」 それが聞こえた瞬間、魔理沙はネーベルスカッツを右へと回避させていた。 一瞬後、今まで飛んでいたコースをエネルギー弾が走り抜ける。 「相手は!」 魔理沙が問うと、上海はすぐに返事を返した。 「“瓊英”デス!」 魔理沙はうれしそうに笑った。、 「何だ、手荒な歓迎もあったもんだな。なら、こっちもそれに応えてやるぜ。 上海!戦闘態勢!“箒”にエネルギー引き込め!変形用意!」 「イエス、マスター!」 ネーベルスカッツはやや加速し、湖水を蹴立てつつ一気に紅魔館に迫った。 次々と七色のエネルギー弾が飛んでくるが、魔理沙はそれをことごとくかわしてゆく。 湖のほとりに一騎のMHが立っていた。民族色豊かな緑色のMHで、額の星形が特徴的。 青龍刀を持ち、体の各所から美しい七色のエネルギー弾を撃ち出していた。 ただ、これらは戦闘車両やザコMHであれば当たるかもしれないが、 彼女ほどの技量とこのクラスのMHであれば、まず当たることはない。 「上海、“アステロイドベルト”!目をくらませたら変形して一気にカタつけるぜ!」 魔理沙の言葉とともにネーベルスカッツから五色の星形弾が無数に飛び出し、“瓊英”に襲いかかった。 「マスター!」 「わかってる!」 MH”瓊英”のコクピット内で紅美鈴はファティマ「京」の叫び声に答えた。 「これくらいで・・・やられるか!」 まばゆく輝きながら飛んでくる星形の弾幕を素早い移動で回避する。 しかし、弾幕は湖水や地上に着弾すると炸裂してさらに輝き、周囲を真っ白に塗りつぶしてしまった。 美鈴は、相手の姿を見失う。 「京!どこだ!?」 「ひだ――」 京の声が聞こえた瞬間、美鈴はとっさに回避行動を取った。しかし一瞬後、激しい衝撃とともに左腕のベイルが吹き飛び、 けたたましい音を上げて地上に落ちる。美鈴はそちらを見たが、すでにネーベルスカッツの姿はなかった。 「左腕損傷!使用不可能です!」 京が叫ぶ。「右、大エネルギー反応!」 美鈴が右を向いて身構えようとした時、モニターを五色の光が満たした。 人形の戦闘形態に変形したネーベルスカッツが箒形の突撃槍を構え、 エンジンの余剰エネルギーを五色の閃光に変えて放出させながら突っ込んでくる。 美鈴はとっさに青龍刀を構えて防ごうとしたが、ネーベルスカッツの槍はそれをたたき折ると胴体に突き刺さり、 そのまま上半身と下半身を真っ二つに引き裂いた。 五色の光がおさまったと同時に瓊英の上半身が轟音を立てて地上に落下、 ネーベルスカッツは先ほどの飛行形態とは全く違う人形の姿をとり、箒形の槍を持ってその側に立っていた。 たった今繰り出したのはモータースキル「ブレイジングスター」、 幻想郷の騎士たちにあまねく恐れられている技だった。 「“瓊英”、戦闘不能デス」 と上海が言った。そして小声で、 「京、大丈夫カナ・・・」 魔理沙はこれを聞き、笑って言った。 「ファティマルームのほうは大丈夫だぜ。あとはバックラッシュで騎士にどれくらいダメージがいってるかだが、 一瞬で胴体真っ二つにしてやったから、命には別状ないだろう。 まあ、青龍刀で受けるなんて余計なことしやがったから、ちょっとはダメージありそうだけどな」 「・・・・きゅう〜」 “瓊英”のコクピットでは、「ちょっと」というにはずいぶん大きなダメージを追った美鈴が目を回していた。 |
2.魔理沙、レミリアより用件を聞く 「あー?私が来ることを聞いてなかったって?」 「ええ」 魔理沙の驚きの声に、十六夜咲夜は肩をすくめた。 「ついさっき、お嬢様から初めて聞きましたわ」 「本当か。おまえが知らないってことは、当然あの中国も知らなかったってことか」 「そうですね」 「あれも災難だったな」 「いつものことでは?」 「そりゃそうだが」 紅魔館の長い回廊を歩きながら、魔理沙と咲夜は会話を交わしていた。 咲夜は、S.K.D.元首レミリア・スカーレットの直属騎士団「紅魔騎士団」を統べる女性である。 彼女は魔理沙と同じく「バイア」と呼ばれる人間であり、「時を止める」能力を有していた。 騎士の超スピードに時間停止が加わるのだから、その強さは反則的だ。 だが、そのあまりにも恐るべき能力のゆえに彼女はいたるところで疎まれ逐われ、行き場を失って独り絶望していた。 しかしそこをレミリアに拾われ、彼女ただ一人に忠誠を誓う「紅魔騎士団」の一員になっていたのだ。 「しかし、あいつも不憫だな」 魔理沙は門の方角を見やって言った。 「美鈴のこと?」 と咲夜。 「ああ。いくら新入りとはいえ、あの中古MHのままってのはひどいだろう。ここにゃとびきりのMHがたくさんあるだろうに」 咲夜はふうと息をついた。 「それは・・・お嬢様がそうせよと仰せなの。私も“レッドマジック”くらいは与えてもいいんじゃないかと思うのだけど」 “レッドマジック”は、紅魔騎士の用いる標準的なMH。美鈴も紅魔騎士なので当然使用権があるのだが、 レミリアは美鈴に、彼女が騎士団入り以前に使っていた民族色の強い中古MH、“瓊英”を引き続き使用するように命じていた。 ちなみに紅魔騎士団には特別な機会に使う上級MHとして“スカーレットマイスタ”という超ド級MHがあり、 レミリア・スカーレットは“スカーレットディスティニー”という無敵MHを所持している。 もっとも、これらの姿を見た外部の者はいない。見た者はすなわち皆死んでいるので。 また、咲夜は彼女専用のMH“S.S.I.コウマカン”、通称「殺人ドール」を所持していた。 「殺人ドール」はアリス・マーガトロイド博士の作だが、それ以外はすべてレミリアの作ったMHである。 「イジメなのか?この前の幼生の件じゃ、さんざん中国に追い回されたらしいじゃないか」 と魔理沙。 ちょっと前、レミリアはミスティア・ローレライの代替わりに立会い、その幼生を託されたが、 その肉を求める謎の一党(西行寺幽々子主導の疑いが強いが、確証はない)と追いつ追われつの逃避行をした経緯がある。 レミリアは美鈴に傘を吹き飛ばされ、日中は大きく能力を現じた状態で逃げ回らなければならず、 救出に向かおうとした咲夜たちも、レミリア不在ということで妹様フランドール・スカーレットが大暴れを始めたために そちらの処置に追われ、大きく出発が遅れてしまった。 結局、霊夢と魔理沙の助力もあって何とかこれを押さえ込み、咲夜が先発してレミリアを探索。 あとから小悪魔とメイド、シューター部隊も派遣、さらに霊夢が伊吹萃香を派遣させてやっとレミリアを救出し、 また敵も殲滅させて一件落着。 美鈴も、雇い主から解雇されて自暴自棄になっていたところをレミリアにうまく丸め込まれて紅魔騎士となってめでたしめでたし、 という一幕だった。 咲夜は魔理沙の言葉に眉をひそめた。 「お嬢様はそのような狭いお心をお持ちではありません。でなければ、この広大な地を統べることはできませんわ」 魔理沙は今までの経験上、レミリアは相当わがままな性格をしている、と思っていたが、 彼女に盲従しているといってもいい咲夜には、そうには見えないようだった。 何しろ命の恩人であり、自らに存在意義を与えてくれた存在でもあるので、それも仕方のないことだが。 「そうか?しかし、アイツのファティマはアリスの“京”だろう?なら本人にもいっぱしの強さはあるんだろうし、 まともなMHに乗せりゃ、もっとマシな門番になりそうなもんだがな」 「それは・・・そうだけど」 「ま、これ以上人の家のことは詮索しないぜ。アイツが何に乗ってても、私を止めることはできやしないしな」 魔理沙はからからと笑った。「しかし、お嬢様も何のご用件だろうな。今何か面倒なことでもあるのか?」 咲夜は首をかしげる。 「いえ・・・特に何も。私には見当がつきませんわ」 「あら・・・魔理沙」 その時、横合いから低く抑えた女性の声が聞こえた。 そちらを向くと、ダイバーズ・パラ・ギルドを運営しているヴワル魔法図書館の主、パチュリー・ノーレッジが書物を数冊抱え、 足を止めていた。 「また来たの?今回は何の用?」 パチュリーはじとーっと魔理沙を睨む。 魔理沙は苦笑いしながら、 「あー、今回はここのお嬢様に呼ばれてな。今日は寄れないかもしれん。残念だけどな」 「・・・・・・そう」 パチュリーは、ほっとしたような落胆したような微妙な表情を浮かべ、ゆっくりと歩き去っていった。 レミリアの私室の前に着くと、咲夜は扉に取り付けられていた青銅製のノッカーを鳴らし、 魔理沙の来訪を告げる。すると、すぐにレミリア・スカーレットの声が返ってきた。 「早かったわね。入りなさい」 咲夜がドアを開け、魔理沙を招き入れる。 魔理沙が部屋に入ると、正面にテーブルがあってその向こうにレミリアが椅子に座っていたが、 その隣に彼女の妹、フランドール・スカーレットがちょこんと座っていた。 魔理沙の姿を見たフランはぱっと顔を輝かせ、 「魔理沙、いらっしゃい!」 と屈託のない声を上げる。 普段は「恋の迷路」という塔にこもって出てこないフランがここにいることで魔理沙は少し面食らったが、 こちらもすぐに笑顔で返した。 「ああ、こんにちはフラン。今日はどうしたんだ?」 「それはお姉様から聞いて」 フランは姉のほうを見上げる。魔理沙はレミリアのほうを向いて、 「陛下にはご機嫌うるわしゅう」 とうやうやしく礼をした。 レミリアは思わず吹き出して、 「やめなさい、柄にもない。笑っちゃったじゃない」 とうつむきながら口元を軽く指で押さえ、こちらに流し目を向ける。その優雅な仕草に咲夜が思わず鼻を押さえた。 (ああ・・・さり気ない仕草なのになんて優雅で妖艶なのっ・・・!) しばらく時間を止め、鼻に「しかるべき処置」を施したあとおもむろに時間停止を解き、そ知らぬ顔で神妙に控える。 「慣れないことはするもんじゃないぜ」 魔理沙は笑って、「それで、今日はどういった用件なんだ?」 「それは・・・」 レミリアは隣にいるフランの肩を抱いて、 「フランの護衛をお願いしたいのよ」 と言った。 (続く) |