東方555


 

 妹紅は迷いの竹林の外の広野に降り立って辺りを見回した。すると、
 「もう身体のほうはいいのかしら?」
 そこには永遠亭の賢人、八意永琳がすでにいて、声をかけてきた。
 「まあな」
 と妹紅は答える。「あの兎は大丈夫だったのか?」
 「おかげさまで」
 永琳はちらりと笑って、「主人を置いて逃げ帰ったしもべに、ありがたくお仕置きをさせていただいたわ」
 「そちらのほうが恐ろしいな」
 妹紅は眉をひそめた。
 「ところで」
 永琳は一転して深刻な顔になり、妹紅を見据えた。
 「昨晩、何があったのか話しなさい。ウドンゲは錯乱していてさっぱり要領を得ないわ。もしあなたまで訳がわからないことを口走ったら・・・」
 目を細めて、
 「脳を引きずり出して調べるから」
 「おお、こわいこわい」
 妹紅はふっと息をついて言った。
 「妹紅!」
 その時、ようやく慧音が追いついて着地した。
 妹紅は二人に向き直って言った。
 「じゃあ、話そうか。昨晩何があったのか・・・」



 「―――おや、今夜は一対二か?」
 妹紅は、鈴仙・優曇華院・イナバを連れた永遠亭の主、蓬莱山輝夜に声をかけた。
 「いえいえ」
 輝夜は微笑んで、「山で柿を採ってきたのよ」
 「ようやく自前で干し柿を作る気になったか」
 「あ、これはそのまま食べるぶん」
 輝夜はにやりと笑って、「干し柿を作るのはあなたの仕事ね」
 「いい加減にしろー!」



 「・・・仲がいいのは結構ですけど」
 永琳が顔をしかめた。「本題をお願いします」
 「そうだな」

 

 妹紅と輝夜、二人の死合はいつものように派手で華麗なものだった。
 光が閃き炎が走る、双方、死力を尽くしての美しい戦いに、鈴仙はただただ見とれるばかりだった。
 「スキあり!」
 妹紅が炎の翼を羽ばたかせて輝夜に突っ込み、そのまま一緒に地上へと急降下、地面にたたきつけた。
 「っ!!・・・・いたたたた・・・・」
 輝夜が仰向けで呻く。
 「どうだ、参ったか」
 と妹紅。
 「あんただって参ってるで・・・・しょ!」
 輝夜は妹紅の腕を掴んで、ぐいっと横に引いた。すると、妹紅はあっさりと転がる。
 「ばれたか」
 妹紅も仰向けになって苦笑した。
 いつの間にかかなりの時間が経過していた。月の位置からすると、丑三つ時も過ぎ、夜明けも近い頃だろう。
 「今夜はこれまででしょうか・・・?」
 鈴仙が走ってきて、輝夜の傍に控えた。
 「そうね」
 輝夜は目を閉じた。「ちょっと休んだら、帰りましょう」
 「柿の一個でも食べたらどうだ?」
 と妹紅。
 「そうね」
 輝夜は起き上がると、鈴仙の持っている袋から柿を二個取り出した。そして、ひとつを妹紅に渡す。
 「お?くれるのか」
 妹紅が驚く。
 「今宵はよくがんばったから、褒美を取らすのよ」
 輝夜がにやりと笑った。妹紅はぷい、と顔を背けて、
 「何を偉そうに。いるかっ」
 と言い捨てると立ち上がった。「私は先に帰る。風邪ひくなよ」
 輝夜は笑って、
 「あなたこそ、火冷めしないようにね・・・ん?火冷めって言葉あったっけ?」
 首をかしげた。
 「姫様、お立ち下さい。夜露でお召し物が濡れてしまいます」
 鈴仙が輝夜に声をかけた。
 「ん?ああ、そうね」
 輝夜は立ち上がろうとした、その時、
 「!!」
 「!?」
 ただならぬ気配がその場にあらわれた。
 妹紅と輝夜の二人が一瞬身動きを止めたとき、地中から緑色に輝く管のようなものが何本も飛び出し、二人の身体に突き刺さった。
 そして、
 ズギュン!!
 「・・・・・・!!!!」
 妹紅は一瞬気が遠くなった。体の中の力を一気に吸い出されたような感覚。
 輝夜も放心したように視線が宙に釘付けになっている。おそらく自分と同じことになっている、と妹紅は思った。
 「きゃああああああ!姫様!」
 鈴仙が恐怖の叫び声を上げた。それを聞きつけたのか、妹紅の身体に刺さっている管のうち一本が抜け、鈴仙に襲いかかった。
 「―――-!!?!!」
 鈴仙が凍りつく。その時、
 ピシッ―――
 バチィッ!!
 一瞬時間が止まったような感覚、そして次の瞬間、妹紅と鈴仙は輝夜の強烈な霊撃で思い切り弾き飛ばされた。
 「逃げなさい!」
 およそ輝夜らしくない、魂魄を振り絞っての叫び声が聞こえてきた。
 「ばかな、輝夜・・・!」
 妹紅が起き上がった時、
 「!!」
 輝夜の背後に、名状しがたい異形の影が立っていた。その両手の爪から輝く管のようなものが伸び、輝夜を捉えている。
 「ひ、姫・・・様・・・・・・・!」
 鈴仙は悪夢のような光景にがくがく震えながらなすすべを知らない。
 「逃げ・・・なさい・・・!みんな・・・やられては・・・・・・・・永琳に・・・・知らせ・・・」
 ズギュン!!ズギュン!!!
 「っっっ・・・!!」
 輝夜が目を見開く。そして、全身の力を失ってがっくりと頭を垂れた。
 「輝夜―――!!」
 叫ぶ妹紅、その時、自分たちの周りに複数の異形の影が立っているのに気づいた。
 十体ほど、いずれも全身灰色の人型の怪物で、動物や虫を思わせるディテールがその身体に刻まれている。その全身には殺気が充満していた。
 「な・・・仲間か・・・」
 「あ・・・・あああ・・・・」
 鈴仙は涙ぐんでいる。もはや逃げることすら忘れてしまったようだ。
 「う・・・・」
 妹紅はふらついた。輝夜との戦いで消耗した上に体力を吸われ、とても戦えない。
 目がかすむ。しかし、ここで倒されては、輝夜の行為が無駄になってしまう。
 妹紅は鈴仙の腕を掴んだ。そして、力を振り絞って右腕を振り上げ、思い切り地面にたたきつけた。
 「“フジヤマヴォルケイノ”!!!」
 ゴバアアアアア!!
 地面から火山の噴火のような猛火が噴き出し、怪人たちを吹き飛ばす。
 妹紅と鈴仙の二人もその勢いで空中高く放り出された。
 妹紅は竹林の位置を確認すると、残った力を振り絞って竹林へと飛んだ。
 そして、
 「兎!このことを・・・あの医者に知らせろ!わかったな!でなきゃ、焼いて食うぞ!」
 と鈴仙に怒鳴りつけ、思い切り投げ飛ばした―――

 

 「・・・・・・・・」
 永琳はふーっと深い息をついた。そして、
 「輝夜が・・・そんなことをするなんて・・・・」
 とつぶやき、妹紅をやや棘のある視線で見ながら、
 「彼女のために・・・」
 そして目を閉じて溜息をついた。
 「輝夜も本当に変わったわね・・・!」
 自分にも予想できなかった輝夜の行動に、自分ながらややいらついているようだった。しかし、
 「その生物・・・輝夜とあなたの力を同時に吸い取って・・・それが奴の食事なのかしら。でも、二人の力を同時に吸い取るなど、相当の大食漢・・・いや」
 すぐに考え込んで、
 「それが日常なら、すぐに身の回りのものを食い尽くしてしまうはず。考えにくいわ。ならば、病人が回復のために大食いになるように、何か甚大な打撃からの回復途上の存在なのかもしれない。そして、それを守る一団がおり、それはごく最近にここへやってきた・・・」
 と言い、顔を上げた。
 「輝夜は何をされようと死なない。だから際限なく力を吸収できる。早く手を打たないと、恐るべきことが起きるかもしれない・・・」
 「何ということ・・・」
 慧音はつぶやいたが、はっとして、
 「今、人里で重大なことが起っているのだが、それとこれとは関係があるのかもしれない」
 と言い、二人に話して聞かせた。
 「人間が次々に行方不明に・・・」
 永琳は口にひとさし指をやって、「仲間を・・・増やしている・・・?」
 「え?」
 「人間たちの遺体は見つかっていない。そして、妹紅を取り囲んだ怪人たちの数・・・」
 「ま・・・・まさか!」
 「吸血鬼のように、毒牙にかけた者を眷属にするタイプなのかもね。急激に数を増やしているということは、ここへ来た当初はその個体数はごく少なかったということ・・・そして人間を待ち構えて襲っているらしいこと、群れを志向するということは、一定の知性を持っている可能性が高い。やっかいね」
 「そんな奴らが幻想郷をうろついているというのか・・・」
 慧音は戦慄した。
 「ただ、輝夜を捉えた奴が回復途上とすると、必ずどこかに“巣”があるはず」
 永琳は正面をきっと睨んだ。「そこをできるだけ早く探し出し、叩き潰す・・・・・・輝夜に手を出すなど・・・絶対に許さない・・・」
 その雰囲気に慧音はたじろいだが、妹紅はさらりとスルーし、
 「じゃあ、情報を集めないといけないな。天狗を使うのが一番手っ取り早いか。神社の巫女の耳にも入れておかないと」
 と言った。「山へは私が行こう。慧音は神社へ。まあ・・・天狗に迂闊なことを言うとあることないこと書かれるから、里のほうの異変だけを話して聞き出してみよう。“姫様”のほうには体面ってもんもあるだろうし」
 「・・・・・」
 その時、永琳がちらりと後ろを見た。そして、
 「何をしに来たの?ウドンゲ」
 と言った。そこにはいつの間にか鈴仙が立っていた。
 「わ・・・私・・・も・・・お手伝い・・・させて・・・下さい・・・」
 鈴仙は永琳への恐怖をこらえながら必死で声を絞り出した。
 「主の危機に惑乱するだけだったあなたが、いったい何の役に立つというの?」
 永琳は感情のない声で言った。「本当に月の兎は口と威勢だけで、いざとなると何の役にも立たない。主の身代わりにすらなれないなんて」
 「それは言いすぎだぞ」
 そう言った妹紅を永琳は気にも留めず、
 「今、あなたの顔を見せないで頂戴。私にも感情はあるから・・・あなたを殺してしまうかもしれない」
 そして鈴仙から視線を切って、
 「お願い・・・帰っていなさい」
 と言った。
 「・・・・・・・・・・」
 鈴仙は途方にくれたような顔で、二、三度大きく息をついたが、やおら膝をついて、その場に手をついた。
 「私は・・・!本当に・・・・だめな兎です・・・・!」
 「・・・・・・・・・・」
 「永遠亭でそれなりの時を過ごして、師匠のもとで勉強して、月の頃よりもずっと成長したと思ってました・・・・」
 鈴仙が嗚咽する。
 「でも・・・・・・また逃げ出して・・・いえ・・・逃げ出すことすらできずに・・・私・・・何も・・・何も・・・」
 「わざわざ懺悔に来たの?」
 「いえ!」
 鈴仙は顔を上げた。
 「私は・・・!もう・・・!逃げません!姫様を・・・お助けするために・・・何でもします!」
 しかし永琳は微動だにせず、
 「あなたでは役に立たないわ。帰りなさい」
 「いやです!」
 「私の言うことが聞けないなら・・・」
 永琳が言いかけたが、鈴仙はそれをさえぎるように言った。
 「永遠亭で後悔しながら震えているくらいなら、今ここで師匠に殺されたほうがまだましです!」
 永琳は目元をぴくりとさせて、
 「あなた・・・」
 「もう逃げません!何があっても・・・心・・・心だけは・・・!」
 「・・・・・・・・」
 永琳は、はあ、と大きく溜息をつく。
 次の瞬間、永琳は振り向きざまに鈴仙の眉間に光の矢を打ち込んだ。
 鈴仙がぱたっと倒れる。
 そして、動かなくなった。
 「な・・・・・!」
 慧音が戦慄する。「なんてことを・・・!」
 「・・・・・・・・」
 永琳はしゃがみ込むと、動かなくなった鈴仙を抱き起こした。そして、
 「最後まで目を閉じなかったわね・・・」
 やれやれ、という風に微笑み、鈴仙の眉間をとん、と中指で突いた。すると、
 「はっ!?」
 鈴仙がぱっと目を覚ました。仮死状態になっていただけのようだ。
 「まったく・・・」
 永琳は苦笑いした。「どうして誰も私の思ってもみないことをするのかしら。それとも、私が変わらなさ過ぎるということ?だからあのスキマ妖怪に一杯食わされたりするのかもね」
 「師匠・・・」
 鈴仙が永琳を見上げてつぶやくように言った。「すみません・・・あんな事・・・申し上げて・・・」
 「まあ、」
 永琳はすっと立ち上がり、鈴仙も立たせた。
 「その気概があるならいいでしょう。では博麗神社に行ってきなさい。この事件について伝えて、情報があれば聞いて、あるいは連絡してもらうようにしてきなさい。ただし輝夜の件は他言無用と念を押して」
 「はい!」
 鈴仙は元気よく返事して、
 「行ってきます!」
 あっという間に飛び去った。
 「ふう・・・驚いた」
 慧音が胸を撫で下ろす。
 「あんたに楯突けるくらいなら、まあほとんどの事には大丈夫だろうな」
 妹紅がくすっと笑った。
 (「私が変わらなさ過ぎる」って、そう言う自分こそ相当変わったと思うけどな)
 とも思ったが、それを永琳に言ったら半殺しにされそうだったので言わなかった。
 永琳はそれを睨んで、
 「あなたは早く妖怪の山へ飛びなさい」
 「了解。早く輝夜を助けなきゃな」
 妹紅もすぐに飛び立った。
 「では私は、」
 慧音は永琳に言った。「いろいろな所でそれとなく話を聞いてきましょう」
 「お願い」
 「はい」
 慧音も飛び立った。
 永琳は一人になると、
 「輝夜・・・」
 とつぶやき、自らも捜索に飛び立った。

 

 「・・・で、あいつら、焼けた栗をあたいめがけて飛ばしやがったのよ!」
 「はは、それは災難だったね」
 「笑い事じゃないわよ!火傷してしばらく外に出られなかったんだから!」
 霧の湖の湖畔。妖精と妖怪たちがいつもながらのたわいもない話に打ち興じていた。
 「許さない。今度遭ったらアイシクルフォール食らわせてやる」
 氷の妖精チルノはぷりぷり怒っている。何でも、博麗神社の大木に住んでいる三妖精と栗を採って焼いて食べようとしたところ、火中の栗がはぜて自分に命中したらしい。氷精なのにそんなものを食べようとするのも何だが、「冷めても美味しい」とか言われたらしい。
 「でも、」
 蟲の妖怪リグル・ナイトバグが首をかしげて、「それって単に栗がはぜて偶然チルノに当たっただけじゃないの?」
 「そーなのかー」
 宵闇の妖怪ルーミアが相槌を打つ。
 「いや!あれは絶対わざと!」
 チルノは力説した。「でなきゃ、こんなに正確に鼻に当たるわけない!」
 「・・・・・・・・ぷ、くくくくっ」
 リグルは、鼻が赤くなっているチルノの顔を見てまた吹き出した。
 「あー!また笑ったー!」
 チルノがリグルを指差して怒る。
 「・・・・・」
大妖精が苦笑する。
 「♪~~」
 夜雀の妖怪ミスティア・ローレライは歌に夢中になっている。
 それを、湖の妖精たちが取り囲んでざわざわとさざめいていた。
 実に平和な情景。
 その時。
 妖精たちがいきなりしぃんとなった。
 「!?」
 チルノがびくっとする。「何?」
 ゴゴゴゴゴ・・・・・
 音はしない。しかし、擬音でたとえるなら轟音のような、ただならぬ気配がその場に満ちた。
 「な・・・!」
 リグルが立ち上がる。「何・・・!?」
 ビシッ!
 何か鞭のような音が聞こえた。そして、
 「かは・・・っ!」
 チルノのかすれた声が耳に飛び込んでくる。
 そちらを見たリグルは驚愕の表情を浮かべ、金縛りにあったように動けなくなった。
 チルノは何本もの光る緑色の管に貫かれていた。
 そして、その背後には、恐るべき姿の人型のものが立っていた。見るだけで戦慄をもよおす、禍々しい姿。
 「な・・・なによ、あん・・・た・・・!」
 チルノは荒い息をつきながら後ろを振り返った。「あたいを・・・なめんなよ!」
 ピシッ・・・・!!
 チルノの周囲の大気が白くなる。一瞬にして温度を下げたのだ。
 異形の影が白い霜に包まれる。
 「はあっ・・・は、ざまあみなさ」
 ズギュン!
 「あ!・・・・・・っ」
 チルノがびぐんと大きく震え、全身の力を失ってぐったりとなる。
 バリン・・・
 その異形のものの身体から霜が落ちる。まったくこたえていない。
 「チ・・・チル・・・ノ・・・・!」
 リグルはがくがく震えながら、うわ言のようにチルノの名を呼んだ。
 “!!”
 妖精たちが散り散りに逃げ出す。しかし、
 ビュン!ビュン!
 異形のものが腕を突き出す。その指先から光る管が飛び出し、妖精たちを貫いた。
 ズギュン!
 “・・・・・・・!!”
 妖精たちの身体がそれに吸われる様に、あっという間に小さくなって消えてしまった。
 “!!!!”
 大妖精は驚愕の表情を浮かべ、ぱっと姿を消す。
 「な・・・何・・・・こいつ・・・!」
 リグルは後ずさった。
 異形のものが自分を見た、ように感じた。
 (や・・・やられる・・・・・!)
 「うぐ・・・っ・・・」
 その時、チルノが呻いて手をぴくりと動かした。
 「チルノ!」
 「こい・・・つは・・・さいきょ・・・の・・・あたいが・・・やっつける・・・あんたらは・・・逃げ・・・」
 キィィ・・・・ン・・・・
 チルノの体がかすかに光る。同時に光る管が凍りつき、ぼろぼろと砕けた。
 チルノがどさっと地上に落ちる。
 “・・・・・・・!!!”
 その「恐るべきもの」は身動きしようとしたが、
 ガチャン!
 その拍子に左足が砕け、バランスを崩すと右足も砕け、そのままばったりと地上に倒れた。
 キィィ・・・・・・ン・・・・・!
 周囲を絶対零度極限まで冷やしてしまうチルノの「マイナスK」が、動くもの全てすべてを凍りつかせる死の世界を作り出していた。
 「このまま・・・凍って・・・壊れてしまえ・・・」
 チルノは地面に両手をついてぶるぶる震えながらも必死の力を振り絞っていた。リグルたちのところにも凄まじい冷気が襲ってくる。
 リグルは後ずさった。
 「チルノ!」
 声をかけると、
 「・・・・・は・・や・・・く・・・・逃げ・・・・・!」
 チルノがか細い声で返事した。「こいつ・・・・凍り・・・きらな・・・・」
 「じゃあ、チ、チルノも・・・・」
 リグルが近づこうとしたが、
 「来んな・・・!来たら凍る・・・こいつが・・・動けないうちに・・・はや・・・く・・・」
 ピシ・・・
 「恐るべきもの」の体表の氷にひびが入る。チルノの力が弱まり、温度が上がっているのだ。
 ガガガ・・・ガ・・・
 化物が上体を起こし始めた。
 「チルノ!危ない!逃げて・・・・」
 リグルが叫ぶ。
 「逃げたら・・・こいつ・・・自由になって・・・一緒にやられる・・・はやく・・・はやく・・・!」
 「で、でも・・・・!」
 と、その瞬間リグルの周囲が闇に包まれ、
 「逃げる!」
 ルーミアの声がし、リグルは首根っこを掴まれて後ろに浮き上がった。
 同時に、光る管がリグルの目の前をかすめる。さしもの怪物もルーミアの暗闇の中のものに狙いをつけることはできなかった。
 こちらにも管が飛んできたということは、至近距離にいたチルノは・・・
 ルーミアがスピードを上げた。
 「チ・・・チルノが・・・!」
 リグルは言いかけたが、
 「妖精は殺されたって死なない。大丈夫。でも私たちは、死んだら塵に還ってしまう」
 ルーミアの声が聞こえた。周囲は暗いままだが、風を切る感覚から空を飛んでいることはわかった。
 「だ、だからって・・・」
 「私たちでは無理。全滅する。それに、リグルも今、死の危険が去ってほっとしている」
 ルーミアの(時折スイッチが入ったかのように発せられる)冷めた声に、リグルはびくっとした。
 「わ・・・私・・・は・・・」
 「何か来るよ!」
 その時すぐ隣でミスティアの声が聞こえた。「飛んでくる!」
 「えっ!」
 リグルは慄然とした。さっきの奴が空を飛んできたというのか。
 と、リグルに何かが体当たりをかけてきた。
 「うわあっ!」
 リグルは闇の中から放り出される。
 何とか空中で体勢を立て直したとき、正面から灰色の、ミミズクのような頭部をした、人型で翼をもつ化物が襲いかかってきた。
 「―――!!」
 リグルが恐怖で一瞬凍りつく。
 (やられる!)
 その時、化物の上からミスティアの放った輝く鳥形の弾が何匹も襲いかかり、化物に命中して爆発を起こす。
 “ギャアアア!”
 化物は悲鳴を上げた。
 「“ムーンライトレイ”!」
 次いでルーミアの弾幕が化物に襲いかかったが、化物は素早く体勢を立て直すとルーミアめがけ上昇した。
 ルーミアは闇の中に隠れたが、化物は委細かまわずその闇の中に突入すると、一瞬の後、その腕の鉤爪にルーミアを掴んで姿を現した。
 「ルーミア!!」
 ミミズクの化物ゆえ、暗闇の中でも問題がないのか。
 「離せ!」
 ミスティアが両手の爪を伸ばして化物に飛びかかるが、
 バサッ!!
 化物は羽を羽ばたかせ、羽を何本も矢のように打ち出した。
 「あう・・・っ!!」
 ミスティアがそれをまともに食らい、吹き飛んで墜落してゆく。
 「ミスティア!うわあああっ!」
 リグルは悲鳴を上げた。
 “ギャアアアアアア!”
 その時、化物の叫び声が聞こえた。
 見ると、ルーミアが化物の腕に喰いついている。
 ぞぶり!
 そして、そのまま腕を深く食いちぎった。
 “うがあああああ!”
 化物はたまらずルーミアを手放す。
 「逃げろリグル!」
 とルーミアが言った。
 「で・・・でもっ、でも!」
 リグルが逡巡する。
 「ミスティアを助けろ!」
 ルーミアの声にリグルは下を見た。
 「私は何とか逃げる。ミスティアを」
 ルーミアはそう言うと、化物に対峙した。
 腕を深く喰われたその化物は苦しんでいた。その腕が青白い炎に包まれている。そして、
 ザラザラザラ・・・
 灰となって崩れていった。
 “おあああああああ!”
 化物は腕を押さえて身を翻すと、そのまま逃走した。
 「あ、逃げた」
 ルーミアは両手を広げた。「打たれ弱かったね」
 そして、リグルのところに下りてきた。
 「ミスティアを探そう」
 「う、うん。身体、大丈夫?」
 「うん、大丈夫」
 二人はミスティアが墜落したあたり、魔法の森の端の方に下りていった。

 

 鈴仙が博麗神社へと降り立つと、
 「いざ尋常に勝負ですー!」
 「ちょっ、いきなりどうしたのよー!」
 なぜか早苗が霊夢を追い回していた。
 「・・・・は?」
 鈴仙はぽかんとしたが、
 「あ、兎!いいところに!ちょっとこいつなんとかしてよ!」
 霊夢が鈴仙のところに走ってきて早苗を指差す。
 「な、何ですかこの騒ぎ!」
 せっかくの命をかけた意気込みを粉々に打ち砕くような珍妙な光景に鈴仙は混乱したが、ともかく、
 「止まって下さい!」
 鈴仙が赤い瞳をひらめかせて早苗を睨んだ。
 「待てー!ま・・・・て・・・」
 まともに鈴仙の目を見てしまった早苗はたちまち足元がふらふらになり、ばったりとひっくり返ってしまった。
 そして数分後。
 「・・・・・・・デルタには胸に“デモンズスレート”っていう紋様があって、非適合の装着者の精神を極めて攻撃的・凶暴化させる性質があるんです」
 と、気分が落ち着いた早苗が説明する。「さっきデルタに変身しちゃったんで、その影響で・・・すみません」
 「まあ、いつも通りとも言えるけど」
 と霊夢。
 「えっ」
 「何ですかその“デルタ”って」
 と鈴仙が訊く。
 「これよ」
 霊夢がデルタギアのケースを机の上に置く。「装着者を“仮面ライダー”に変身させる道具ね」
 「仮面・・・ライダーって、え、この前幻想郷を騒がせた、あの?」
 鈴仙は、以前永遠亭に忍び込んで師匠に手ひどく仕置かれた青年(海東大樹)の持っていた変身ツールを思い出した。
 「そう。今朝、境内に落ちてたの。外からやってきたみたい」
 「外から・・・」
 鈴仙はケースを見つめた。「変身・・・」
 「ところで」
 と霊夢。「あんた何の用で来たの?薬の押し売りかなんか?」
 鈴仙ははっとして、
 「実は・・・」
 と経緯を話した。
 それを聞いていた早苗の表情が見る見る変わっていく。
 「まさか、このベルトが来たのって、そいつらが来たから・・・?」
 「ん?早苗、何か心当たりあんの?」
 と霊夢。
 「全身灰色の怪人・・・」
 早苗はデルタギアを見ながら言った。「“オルフェノク”です。死から蘇った人間が、動植物の機能を加えてより進化した姿・・・そして、輝夜さんを連れ去ったのは・・・・・・」
 ごくりと唾を飲んで、
 「たぶん“アークオルフェノク”。最強のオルフェノク、オルフェノクの王です。このベルトだけじゃとても太刀打ちできない、まさに悪魔・・・」

 

 「?」
 十六夜咲夜は、紅魔館門前で地べたに座り込み、何かを読んでいる門番・紅美鈴を見て首をかしげた。
 「美鈴?」
 と声をかけると、美鈴はくるりと振り向いて、
 「あ、咲夜さん」
 「何をしているの?」
 咲夜は美鈴の肩越しに、彼女の読んでいるものを見た。
 それは小さな冊子で、細かい文字と図が載っている。取扱説明書のようだ。そして、美鈴の前には金属のケースが開いていて、中には白いベルトと白い携帯電話が入っていた。
 「いやあ」
 美鈴は頭をかいて、「さっき、見慣れない格好の女の人が妙な二輪の乗り物に乗ってきて、しばらくこのツールのモニターになってくれって言って、置いていったんですよ」
 「女?」
 「はい」
 美鈴はうなずいて、「水色と黒の服で・・・あの寺に居ついてる黒い妖怪の服に似てましたね。体に密着したかんじの」
 「何者かしら・・・で、これは何なの?」
 咲夜はケースの横にかがみ込んだ。
 「何でも・・・変身ツールみたいなんです」
 と美鈴。
 「変身?」
 「はい」
 美鈴はうなずいて、「この携帯・・・電話、ですか?これにコード“315”を入力してこっちのベルトに挿入すれば、“サイガ”っていうものに変身するみたいです」
 咲夜は首をかしげて、
 「変身して、どうするの?」
 美鈴も首をかしげて、
 「さあ・・・?」
 「うさんくさいわねえ・・・」
 咲夜は顔をしかめて、「悪質な訪問販売じゃないの?」
 「お代は一切頂きませんとは言ってましたけど」
 「どうだか・・・ていうか」
 咲夜は美鈴を見て、「門番が勝手に荷物を受け取って呑気に取説読んでるとか、お仕置きが必要ね」
 「ひえー、やっぱりー」
 美鈴は小さくバンザイのポーズで首をかくんと傾げ、苦笑いした。


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