東方555


 

 ミスティアは、木の枝に引っかかっていた。下ろしてみると、傷は負っているものの気を失っているだけで命には別状はなかった。
 「よかった・・・」
 リグルはほっとした。
 「いや」
 ルーミアは辺りを見回した。「そうでもない」
 ガサガサ・・・
 周囲の茂みが不自然にざわめいている。
 「・・・・・・・!」
 「けっこうとんでもないことが起ってそうだ」
 ルーミアは冷めた口調で言った。
 ガサ・・・・!
 茂みの中から全身灰色の、カマキリのような形状をした人型の化物が立ち上がった。
 「で・・・出た・・・・!」
 「リグル」
 ルーミアが言った。「ミスティアを連れて逃げろ」
 「え・・・」
 「私があいつをひきつける」
 「・・・・・・・」
 リグルはごくりと唾を飲み込んだ。そして、
 「ルーミアは逃げて」
 と言った。「私が・・・・やる」
 「大丈夫か?」
 ルーミアが首をかしげた。「おまえはこういう場に向いていない」
 「そ、そんなことない・・・!私だって・・・・私だって!」
 リグルは震える声で言った。「これ以上・・・逃げるなんて・・・!」
 「声が震えてるぞ」
 ルーミアはごく冷静な声で言った。「無理だ」
 「無理じゃ・・・ない!」
 リグルの周囲に光る玉が出現する。
 「はっ!」
 それらが一直線に化物に襲いかかり、爆発を起こした。
 リグルは振り向いて、
 「早く!」
 「わかった・・・すぐに逃げるんだぞー」
 ルーミアはミスティアを抱えると、地上をホバーしながら飛び去った。
 「・・・・」
 リグルは振り向いた、その目の前に化物が立っていた。
 「!!」
 化物が腕を振り上げる。すると、その腕が巨大な鎌に変化した。
 「うわっ!」
 リグルはとっさに自分の前に閃光をひらめかせた。
 “グウッ!”
 目がくらんだ化物が呻く。
 リグルはその隙にひと跳びして距離をとった。
 (逃げ・・・・いや、まだ時間が・・・でも、)
 足が震えている。
 (こわい・・・こわい・・・・)
 どうして自分が引き受けてしまったのか、とリグルは思った。
 (チルノを置いて逃げて・・・さっきはルーミアに逃げるよう言われて・・・今度は自分も何かしなきゃと思って・・・)
 化物は視界が戻ると前方を見た。
 リグルの姿はなかった。
 化物は両腕の鎌を振り上げると、ぶんと振り下ろした。
 凄まじい風の刃が巻き起こり、周囲の草木をまとめて切り払い切り倒す。
 「ああ・・・・・!」
 隠れていたリグルの姿が露わになった。
 化物がゆっくりとリグルに近づく。
 「あ・・・・あ・・・・あ・・・」
 リグルは後ずさった。と、足の力が抜け、リグルはがくんと崩れ落ちた。
 「え・・・・!?」
 見ると、足が切れて血が出ている。今の化物の攻撃で切れてしまったのだ。
 化物がさらに近づく。
 「うあ・・・・あ」
 リグルは動けなくなった。
 化物――マンティスオルフェノクは鎌を振り上げた。
 リグルは目を閉じた。
 (ルーミア・・・ごめん!無事に逃げて!)
 ドン!
 “ウグ!”
 「!?」
 目を開けると、オルフェノクがよろめいており、大きなスポーツバッグがその前に落ちていた。誰かが投げたらしい。
 そして、リグルの前に誰かが歩いてきて、オルフェノクとの間に立ちふさがった。
 「大丈夫か?」
 「あ・・・」
 それは若い人間の男だった。

 

 その若い男は、頭に帽子をかぶりラフな衣装を身に着け、長身ではあるが身体はそれほどがっしりはしておらず、一見遊び人風だが、その表情にはひと筋縄ではいかないものを湛えていた。
 「だ・・・大丈夫・・・」
 リグルは震える声で答える。
 「そうか」
 若者はちらりと笑って、辺りを見回した。
 「ちゅうか、ここはどこなんだ。わけがわからんうちにこんなところに迷い込んだんだが・・・」
 そして、オルフェノクのほうを見た。
 「しかし、こいつらとはとことん縁があるってわけか」
 “なんだきさまは・・・!”
 オルフェノクは若者に向かって憎々しげに言った。“邪魔をするな・・・!”
 「あいにく、オレは聞き分けが悪くてな」
 若者は、今しがたオルフェノクにぶつけたバッグを持ち上げるとチャックを開け、中から金属製のアタッシュケースを取り出した。
 オルフェノクは首をかしげて、
 “なんだそれは”
 「知りたいか。じゃちょっと見てろ」
 若者はケースを開くと、中からベルトを抜き出して腰に巻き、装着した。そして、さらに何かを取り出す。
 「あれは・・・携帯・・・電話?」
 リグルはつぶやいた。先日取材に来た妖怪の山の天狗が持っていたのと同じような形だが、それよりは大型だ。
 若者はスイッチを入れてそれを開く。起動音とともに、携帯電話のモニターに機能コードが表示された。
 素早くキーを入力し、“Enter”キーを押すと、
 “Standing by!・・・”
 電子音声が発せられ、周囲にけたたましい音が響いた。
 「な・・・!」
 リグルは驚いて思わず後ずさる。オルフェノクも警戒して飛びのいた。
 若者は右手をスナップさせて携帯電話を閉じ、そしてぽんと左手に持ち換えると顔の前に持ってきて、
 「いくぜ・・・!」
 と、誰かに話しかけるように念を籠めると、
 「変身!」
 と叫んでベルトのバックルにタテに挿入、左に倒した。
 “Complete!”
 音声とともに若者の全身に深紅の光のラインが走り、辺りが眩しい閃光に包まれる。
 「うわっ・・・!」
 リグルは思わず目をそむけたが、光が収まったのを見て視線を戻すと、
 「・・・・・!」
 そこには、黒地に赤いラインが走るボディ、その顔は黄金色に輝く異形のものが立っていた。
 “なっ・・・!”
 オルフェノクがたじろぐ。
 「いくぜ?」
 その異形のもの―――「仮面ライダーファイズ」はオルフェノクめがけ飛び掛り、パンチを食らわせた。
 “ぐふっ!”
 「ほらほら・・・ほらっ!」
 続けざまにパンチ、そしてキックを叩き込む。
 “ぐあああっ!”
 オルフェノクは吹き飛んだ。
 「す・・・すごい・・・」
 リグルが呆然とする。しかしすぐにはっと気を取り直して、
 「が、がんばれっ!」
 と叫んだ。
 “こ・・・殺す!殺してやる・・・!”
 オルフェノクは両腕を振り上げた。
 「カマキリなのか。前にもいたか?」
 ファイズは首をかしげる。
 “死ね!”
 巨大な鎌首がファイズを襲った。
 「うわっと」
 ファイズは転がってそれをかわす。マンティスオルフェノク(ver.2.0)は素早く連続で鎌を繰り出し、ファイズを切り刻もうとする。
 「うおおおお・・・っと!」
 ファイズはそれをかわしつつ大木の傍に転がってくると、素早くその後ろに隠れた。
 “無駄だ!”
 オルフェノクが鎌を一閃させる。大木はまるで小枝のようにばっさりと切り倒された。
 「あ・・・あああ・・・!」
 リグルは身震いした。「や・・・やられちゃう・・・!」
 「やれやれ、そんなアブねえモン振りまわすんじゃねえ」
 切り倒された木の向こうにファイズが立っていた。手にはバックルから抜いた携帯電話型ツール「ファイズフォン」を持っている。
 ファイズはファイズフォンを開くとモニター部を斜めに曲げて拳銃状にし、キーを「106」と入力、「Enter」を押した。
 “Burst Mode!”
 そしてオルフェノクに向け、側面のキーを押した。
 するとファイズフォンから光弾が三連射で飛び出し、オルフェノクに命中する。
 “ぐああ!”
 オルフェノクの体表で爆発が起こる。
 ファイズはキーを押し、もう三連射した。
 “ぎゃあっ!”
 これも命中し、オルフェノクは爆発とともに転倒する。
 ファイズはファイズフォンをバックルに収めた。そしてベルトについていたデジタルカメラを取り外す。次いでファイズフォンからミッションメモリーを抜き、そのデジカメ「ファイズショット」にセットした。
 “Ready!”
 音声とともにファイズショットがパンチングユニットに変形、ファイズはそれを右拳に装着する。そしてオルフェノクめがけ走りかかった。
 “し、死ねえええ!”
 なんとか起き上がったオルフェノクが鎌を振り下ろす、しかし、
 「おらああ!」
 ファイズは右腕を一閃、ファイズショットをそれに叩き付けた。
 凄まじい衝撃音とともにオルフェノクは吹き飛び、背後の大木に叩きつけられた。さらにそれをへし折って仰向けに倒れ、のた打ち回る。
 “ぐぁぁあ・・・・!”
 ファイズはファイズフォンを開き、
 ピピッ。
 「Enter」キーを押す。
 “Exceed Charge!!”
 ピィィィィィィン・・・・!
 音声とともにベルトからボディの紅いライン「フォトンストリーム」を伝って輝くフォトンブラッドが右腕に走り、ミッションメモリーがセットされている右手のファイズショットに到達すると、キィンという甲高い音と共にミッションメモリーがまばゆく光った。そしてキンキンキンキン・・・・と待機音が鳴り響く。
 「うおおおおおおおおっ!」
 ファイズは風のようにオルフェノクに襲いかかり、右拳を振りかぶると起き上がろうとしたオルフェノクの胸に渾身のファイズショットを叩き込んだ。そして地面に叩きつけ、そのままめり込ませる。
 “ぎゃああああああああっ!!”
 オルフェノクは絶叫、
 ドン!!!
 轟音とともにオルフェノクの体にギリシア文字“Φ”(ファイ)の形の深紅の閃光が走り、その体は青白い炎に包まれて灰と崩れていった。仮面ライダーファイズの必殺技の一つ、「グランインパクト」だ。
 「ふう・・・」
 ファイズはベルトからファイズフォンを抜くとスイッチを切る。と、変身が解除され、彼は元の若者の姿に戻った。

 

 「大丈夫か?怪我してるぞ」
 若者はリグルのところに戻ってくると、足の怪我に気づいてしゃがみ込んだ。
 「あ、うん、大丈夫・・・」
 リグルはうなずいた。そう深い傷ではなかったので、早くも治癒しかけている。
 リグルははっとして、
 「あ、ありがとうございました!」
 と頭を下げた。「助かりました・・・」
 「いいって」
 若者はぶっきらぼうに言うと、
 「立てるか?」
 と訊ねた。
 「は、はい」
 リグルはすっくと立ち上がる。
 若者は驚いて、
 「治りが早いな!」
 「はは・・・」
 リグルは苦笑して、
 「あなたこそ、あの化物をやっつけるなんて・・・驚きました」
 「まあな。実力だ」
 若者はちょっと偉そうに言った。そして、
 「あいつら、この辺りに現れるのか」
 と訊いた。
 「いえ・・・今日初めて見て・・・」
 リグルはそこではっとして、
 「チルノ・・・!」
 「何?」
 「私の友達・・・恐ろしい化物に襲われて・・・!」
 「それはどこだ?」
 リグルは霧の湖の方角を指差して、
 「湖のほう・・・!」
 と言った。
 「こんな所で何を企んでやがるんだ?」
 若者はそちらの方角を見て、「その友達はどうなったんだ」
 「私たちを逃がすために戦って・・・私たちはそこで逃げ出したから、そのあとは・・・・」
 「ヤバいじゃねえか・・・!」
 若者はリグルの指差したほうへ踏み出した。
 「あ、危ないですよ!」
 リグルが止めようとしたが、
 「バカ野郎!友達の命がどうなってもいいのか!」
 とたしなめられる。
 「そ、それは・・・」
 「オレがいれば大丈夫だ。いくぞ」
 若者は先を歩き出した。
 (ひ、ひとの言う事聞かない人だな・・・)
 リグルは一瞬逡巡したが、
 (でも、この人なら化け物たちを倒してくれるかも・・・ミスティアはルーミアがついてるから大丈夫かな・・・)
 「ま、待ってください!」
 彼の後を追っかけた。

 

 「・・・・・・?」
 妖怪の山を目指して飛んでいた妹紅は、前方を飛ぶ灰色の姿を認めた。
 ミミズクのような姿をしているが、どういうわけか右腕が失われている。
 その化物――オウルオルフェノク(ver.2.0・飛翔態)は妹紅に気づくと、西のほうへ方向転換し逃げ出した。
 「逃げる・・・?いや」
 妹紅はその後を追う。
 オルフェノクは全速で西に飛んだが、やがて幻想郷の端に達したとき、ぐるんと旋回すると、妹紅のほうへ飛んできた。
 “!!?!?!”
 オルフェノクが驚いたように辺りを見回す。
 妹紅は笑って、
 「空を飛んだのは初めてか?幻想郷を飛ぶとそうなるんだ」
 ポケットから手を抜き、
 「はっ!」
 炎の渦を巻き起こすとオルフェノクに叩き込んだ。
 “ぎゃあああ!”
 オルフェノクは火に巻かれ、バランスを失って墜落する。妹紅はその後を追った。
 オルフェノクが落ちたのは無縁仏の墓地だった。
 妹紅は着地すると、
 「おまえはしゃべれるのか?」
 とオルフェノクに聞いた。
 “・・・・・・・・・”
 オルフェノクは答えない。
 「さっきの行動、“巣”に帰ろうとしていたのを、私に気づいて方向転換したな?おまえを半殺しにして、ゆっくり聞き出してやる。昨晩と同じと思うなよ」
 妹紅の周囲にゆらゆらと陽炎がゆらめく。
 オルフェノクが翼をはためかせた。羽が弾となって妹紅を襲う。
 「ふん」
 妹紅は右腕を一振りした。羽がすべて火に包まれ、地面に落ちる。
 “・・・・・・・・!!”
 オルフェノクはたじろいだ。
 「それで終わりか?なら今度はこちらからいくぞ・・・」
 妹紅が踏み出す。オルフェノクは後ずさる。
 もう一歩踏み出した、その時、
 ボゴッ!!
 突如地面から巨大な爪が飛び出し、妹紅の足を薙ぎ払った。
 「う!!」
 凄まじいパワーで左足首付近をごっそりとえぐられ、軽量の妹紅はその勢いでぐるんと宙に一回転すると、背中から地面に叩きつけられる。
 「何だ!」
 襲われた地点には、地面に大きな穴が開いていた。
 ゴボ!!
 「・・・・・・・!!!」
 また地面から、今度は背中に爪が突き刺さった。
 「うあ・・・・・あ!」
 横に転がる。自分がいたところを見ると、そこには鋭い爪をそなえた巨大な手が地面から顔を出していたが、すぐに地中へ消えた。
 (あの形・・・モグラか!)
 妹紅は起き上がろうとしたが、左足首に激痛が走る。
 「足が・・・!」
 真下で何かの気配がした。妹紅はとっさに右足で跳び上がったが、そこへオウルオルフェノクが襲いかかる。
 「ぐああっ!」
 まともに一撃を食らい、妹紅は吹き飛ばされて無縁塚の一つに叩きつけられた。
 「う・・・うっ・・・」
 妹紅の体は回復途上でまだ全力は出せず、再生に要する時間も遅い。相手が一体だけならともかく、二体ともなると圧倒的に不利だ。
 (くそ・・・っ・・・)
 カチン。
 「?」
 その時、右手がなにか金属製のものに触れた。
 見ると、そこには何かの機械の残骸のようなものが地面に半分埋まっており、妹紅が触れたのはその機械から伸びている、ハンドルのようなものだった。
 (何だこれ・・・・・)
 その時、下からの気配がした。
 「!」
 とっさに転がる。
 ボン!
 地面から鋭い爪が飛び出す。次いで、モグラを模した外形のオルフェノク、モールオルフェノク(ver.2.0)本体が飛び出し、そのまま妹紅に飛びかかった。
 「く!」
 妹紅はとっさにその残骸のハンドルを握り、オルフェノクに向かって投げつけ・・・ようとしたが、
 スポッ。
 とハンドルだけが外れてしまった。
 「あれっ」
 ぎょっとする、その隙にオルフェノクは妹紅の頭部めがけ爪を突き出した。
 (うわっ!!)
 防御のために思わずハンドルをその前にかざした、その時、
 “Ready!”
 という電子音声とともにハンドルの先から深紅の刃が伸びてオルフェノクの爪をはじき返した。
 “!????”
 オルフェノクが仰天してよろめく。
 「おおっ」
 妹紅も驚いた。
 そのハンドルには何に使うのかわからないがレバーがついており、また、いくつかのボタンやスイッチがついている。そして何かを差し込むようなところがあり、そこから力が吸われていくような感覚がする。本来は何かここに差し込んで刃を形成するのだろうが、誤って妹紅の能力にも反応してしまったようだ。
 「武器だったのか・・・」
 妹紅はモールオルフェノクを睨んだ。「ありがたい」
 “ぐ・・・”
 モールオルフェノクはたじろぎ、地面に飛び込んだ。
 「逃がすか!」
 妹紅が左手を掲げる。その手から炎の蛇が飛び出し、オルフェノクの飛び込んだ穴に突っ込むと、そこから拡散してモグラの穴をくまなく焼き尽くす。
 “ぎゃあああああーーー!”
 たまらずオルフェノクが地面から飛び出す、そこへ妹紅が炎の翼をはためかせて空中から斬りかかった。
 「うおおおおおお!」
妹紅の精神の高揚とともに深紅の刃がまばゆく輝く。そして妹紅は正面からオルフェノクの胴に刃を突き立てた。
 “がは・・・ああああああ!”
 オルフェノクがのけぞり、びくびくと痙攣する。
 妹紅は着地すると刃を引き抜き、すかさずオルフェノクの胴を薙ぐと上段に振りかぶり、
 「――たあっ!!」
 とどめに真っ向から唐竹割りにした。
 “・・・・・・・あああ・・・あ・・・・!”
 十字に断ち割られたオルフェノクの全身から青白い炎が噴き出す。そして、その体に“Φ”の形の閃光が走り、ぼろぼろと灰になって崩れていった。
 “ひいい!”
 それを見たオウルオルフェノクが恐怖の叫び声を上げて逃げだした。
 「待て・・・あ痛っ!」
 追おうとした妹紅は、足首と背中の激痛に思わずバランスを崩して膝を突いてしまう。その隙にオルフェノクは空高く逃走した。
 「くっそ・・・・」
 (これくらいの傷、まだ再生しないのか・・・)
 妹紅は荒い息をついた。まだ体は完調にはほど遠い。今無理に追っても、また相手に加勢が入れば、今度こそ危ないだろう。
 妹紅は右手にあるハンドル――「ファイズエッジ」を見つめた。
 (これがあるのは助かるな・・・ありがたく使わせてもらおう)
 ファイズエッジを腰に下げ、何とか立ち上がる。
 と、腹が鳴った。
 「う・・・・」
 もう腹が減ってきた。どこかで何か食べたい・・・・・・
 (この近くだと・・・あの骨董屋か・・・・)
 妹紅は香霖堂へと向かうことにした。あの店主なら、何らかの等価交換であれば食べ物くらいは出してくれるだろう。

 

 「ほう、外から来られたのですか」
 森近霖之助は目を輝かせながら琢磨逸郎にお茶と菓子を勧めた。
 「あ、ありがとうございます」
 琢磨はやや警戒しながらそれを受ける。
 「そんなに硬くならなくてもいいぜ」
 魔理沙がにこりと笑った。「もっとくつろいで」
 「君は少々くつろぎすぎだけどね」
 霖之助はふうと息をついて言った。
 香霖堂内。魔理沙に誘われてその骨董屋に入った琢磨は、店内の一種独特の雰囲気にいささか緊張していた。
 「なかなか・・・珍しいものが多いですね」
 琢磨はお茶の湯呑みを取り、辺りを見回した。
 店内には昭和のみならずそれ以前とも思われる古物が多数並べられており、さらに用途のわからない、見たこともないような不思議な道具も置かれている。そのため時間感覚がおかしくなり、あたかもタイムスリップしたような気分に陥っていた。
 「そういうものを取り扱うのが好きでしてね」
 霖之助はにこやかに笑った。「それが昂じて、生業になっています」
 「それで、ここは・・・どういうところなのですか」
 琢磨は霖之助に訊ねた。
 「そうですね」
 霖之助はうなずいて、「では、ここ・・・幻想郷についてお話ししましょう」

 
 霖之助から幻想郷について聞かされた琢磨は、しばらく呆気に取られていた。
  「仕方がないことです」
 説明を終えた霖之助は両手を組んで椅子にもたれた。「私達に外の世界の想像がつかないように、外の方もこの幻想郷のことを信じられないのは無理のないことです」
 (外の世界で忘れられたものが流れ着くところ・・・)
 琢磨は思わずふっと笑った。まさに自分はそれに当てはまるではないか。
 「では、僕は来るべくしてここに来たという訳ですね」
 「どういうことです?」
 霖之助が眉をひそめる。
 「僕は不治の病にかかっていまして、もう長くないのですよ」
 琢磨はやや自嘲気味に言った。「人ごみの中で死ぬのはいやなので、せめて独り自然の中で逝きたいと思って山の中に入ったのです。僕には身寄りもありませんし、看取ってくれる人もありませんから・・・まさに“忘れられたもの”ではないですか」
 「病気なのか?」
 横にいた魔理沙が表情を曇らせた。「長くないって・・・」
 「仕方のないことです」
 琢磨は達観したように言った。「運命は受け入れるしかありません」
 「そんなことはないぜ!」
 魔理沙は身を乗り出した。「たとえ悪あがきでもやってみるもんだ。おとなしく死ぬなんてことはない」
 琢磨は魔理沙の真剣な表情に少し気圧されたが、
 「僕の体はもう手遅れなのですよ。いくら足掻いても、死の時が見苦しくなるだけです」
 と言った。「外の世界では、たとえ意識がなくなろうと、機械を体につないで心臓だけ動かしている、それでも“治療”と言っています。僕はそうまでして生きたいとは思わない。いや、それで“生きている”といえるのか。僕は、人間らしく死にたい・・・・、?」
 そこまで言って、琢磨ははっとした。
 (人間らしく?この自分が?)
 「外の世界のことはわかりませんが」
 と霖之助が言った。「そういった事は、本人の意思によらないのでしょう?あなたはまだ自分の意識を持っています。生きるものは、その最期のときまで生きようと思うはずです。誰の言葉でしたか、生あるものは必ず死にますが、だからといって死ぬために生きているわけではないのですから」
 「そうだぜ!」
 魔理沙が椅子から下りて立ち上がった。そして琢磨のほうに身を乗り出して、
 「死ぬなんて考えたらろくな考えしか浮かばないだろ。同じ死ぬなら、最期のときまで楽しく過ごしたほうがいいんじゃないのか?」
 琢磨は口をつぐんだ。この少女は、会って間もない自分のことを本気で心配している。
 「しかし・・・このような見知らぬ場所でそのようなことが」
 琢磨がそう言うと、
 「大丈夫だぜ!」
 魔理沙は霖之助を見て、「ここならゆっくりできる!」
 と言った。
 「何だって!?」
 霖之助は目を丸くする。
 「香霖もたった今説得してただろ?なら自分から範を示さなきゃな」
 魔理沙はにやりとした。「私のところは森の中で体に悪いし、人里は騒がしいし。ここならたいてい閑古鳥だし、ゆっくりできるだろ」
 「さらりとひどいことを言ったね」
 霖之助は顔をしかめて周囲を見回した。
 「しかし、ここだって古物が多いし、ごちゃごちゃしているから慣れない人にはどうか・・・」
 琢磨も何とはなしに霖之助の視線を追って周囲を改めて見回したが、
 「!!!?」
 ある物が目に入り、はじかれたように立ち上がった。
 それは銀色のアタッシュケースで、その中央には、“SMART BRAIN”のロゴが刻まれていた。

 

 琢磨がアタッシュケースに目を止めたのを見ると、霖之助は目を丸くして、
 「あの箱のことをご存知なのですか?」
 と訊ねた。
 琢磨は霖之助のほうを見た。
 (あれは“ベルトのケース”・・・この男・・・なぜスマートブレインの・・・)
 あの後、スマートブレイン社は解体したと聞いた。もう裏切り者を狩っている、などということはしていないはずだ。しかし・・・
 そこではっとして、
 (そうか、忘れ去られたものが流れてきたのか)
 そう思って自分を安心させた。ただ、過去の忌まわしい記憶が改めて思い出され、その表情は暗くなった。
 「はい・・・以前勤めていた会社が開発していたツールのケースに似ていたもので」
 琢磨の返事を聞いた霖之助は喜んで、
 「そうですか。どういう風に使うものなのですか?」
 と訊いてくる。
 「失礼ですが・・・」
 琢磨はケースのほうを見て、「あれはどこで手に入れられたのです」
 と訊き返した。
 「それが・・・」
 霖之助はやや首をかしげて、「昨日、不思議な女性がやってきて、しばらく預かってほしいと言い置いて置いていったのですよ」
 と言った。
 「不思議な女性?」
 琢磨の問いに霖之助はうなずいて、
 「はい。青と黒色の、体に密着した露出の高い衣装を着けた若い女でした。髪は短かかったかな」
 「誰だよそれ」
 魔理沙が顔をしかめる。
 (・・・・・・・・・・・!!)
 琢磨の背筋がぞくりとした。その女性とは・・・
 (スマート・・・レディか!?まさか!どうしてここに!)
 琢磨はケースに走り寄った。
 大きさはファイズやデルタのものより一回り大きい。ということはカイザギアか。
 しかし、ケースに刻まれている製品コードを見たとき、彼はさらに混乱した。
 そこには、

 SB-913V2

 と記されていた。
 (V2・・・・!?ヴァージョン2・・・か?そのようなものが開発されているなど聞いたことがない・・・まさか、スマートブレインは今も「生きている」のか!?)
 ケースを開ける。そこにはカイザフォン、カイザドライバー、カイザブレイガン、カイザポインター、カイザショット、そしてipodのようなもの(イヤホンも付属している)が納められていた。
 カイザフォンの形がやや違う、と思い取り上げてみる。触れてみたが、リボルバー式ではない。
 (!!・・・スライド式だと・・・?)
 カイザフォンはスライド式だった。スライドして開くと、そこにはキーはなく、液晶画面のみがあった。
 スイッチを入れる。と、起動音と共に液晶画面にタッチパネルが表示された。
 (こんな・・・このようなもの、最近完成したとしか思えない。女がスマートレディだとすると、なぜこのようなことを?僕の行動も、まさか筒抜けなのか?)
 琢磨は不安になった。自分は呪われた運命から逃げ切ったつもりでいたが、最後までその手からは逃れられないというのか。
 「使用方法はだいたい同梱の説明書に書かれていたのですが」
 霖之助が腕組みをして歩いてきた。
 「変身ツールということですが、どういった時に使うのでしょうか・・・やはり戦ででしょうか」
 琢磨は何と答えてよいか少しためらったが、答えた。
 「戦争に、ではありません。人ではないものから人を守るため・・・そのために使うのです」
 これは実際そう使われたので嘘ではないのだが、厳密には製作された本来の目的とは違っていた。
 「それって、妖怪のことか?」
 歩いてきた魔理沙が訊いてくる。「外の世界じゃ、妖怪なんてほとんどいなくなったって聞くけどな」
 「妖怪・・・・・・・」
 琢磨はややうなだれて、「そんな・・・・・・ものですかね」
 「変身かあ・・・」
 魔理沙がケースの傍にしゃがみ込む。そして、
 「ちょっとやってみたいな」
 と、ベルトを手に取った。その瞬間、
 「いけません!」
 琢磨は血相を変えてそのベルトを魔理沙から奪い取った。
 「な、なんだよ・・・」
 魔理沙が驚いて身を引いた。
 「どうしたのです」
 と霖之助。
 琢磨ははっとして、
 「いや、失礼しました・・・このツールは、常人には使えないのです。あまりにもパワーがあるので、特殊な体質の者でないとその負荷に耐えられず、変身解除後に死んでしまいます。ですから触れてはなりません」
 「本当か」
 魔理沙が眉をひそめて、「それだけ、その妖怪が手強いってことか」
 「そうです」
 琢磨はうなずいた。その時、
 「あなたは、その“特殊な体質”なのですか?」
 と、霖之助が琢磨に問うてきた。
 「・・・・・・・・・はい」
 琢磨は正直にうなずいた。
 「・・・ですが、今の体では、このツールの負荷に耐えられるかどうか・・・」
 そう言って彼はカイザフォンのモニターに目を落とした。とその時、着信音が鳴った。
 「!!」
 琢磨は戦慄した。誰だ!?
 それは電話ではなく、メールだった。一件受信された旨の表示がされる。
 「何だ?」
 魔理沙が覗き込む。
 琢磨は恐る恐るメールアイコンを押し、受信メールを開いた。

  琢磨さん、お久しぶりですね。
  おつかれさまです。
  自信の新作、カイザギアV2。
  いかがですか?
  ぜひ使ってみてくださいね!
  きっと貴方の役に立つと思いますよん。
  でわでわ~♪

 「!!」
 琢磨ははじかれたように店の外に飛び出し、辺りを見回した。
 しかし、誰の姿も見えなかった。
 ただ、一匹の青い蝶がふよふよと羽ばたいて空高く飛び去っていった。
 (蝶・・・・・)
 琢磨の不安はいっそう大きくなった。
 「何だか・・・大変なことに巻き込まれそうになってるみたいだな」
 琢磨の後を追って出てきた魔理沙が声をかけてくる。
 「ええ・・・・・」
 琢磨はつぶやくように答えた。「どうして・・・」
 (自分はまともな死に方はできないというのか・・・このまま、なにかに翻弄されたまま・・・最後まで・・・)


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