東方W


「仮面ライダーW!今回の依頼は!」
(省略)

(アバンタイトル)

 「・・・フィリップに何するの?」
 いつの間にか古明地こいしがウェザーの傍らに立っており、養豚場の豚を見るような目つきでウェザーを見下ろしていた。
 「こいしちゃん!」
 フィリップが叫ぶ。「危ない!」
 こいしは彼の言葉に聞きもあえず、ウェザーを見下ろしながら、
 「死体にして、あそこの塔に飾ってあげようかしら」
 と、風都タワーを指差した。
 「何だおまえは・・・!」
 言いかけたウェザーは、自分の周囲の路面を割って、何かが生い出てきているのに気づいた。禍々しい、茨のような植物・・・
 「これは・・・おまえ、ドーパントか!」
 「知るか」
 こいしは無表情に言った。その周囲にも茨が茂り、不気味な赤と青の薔薇の花が咲く。
 こいしはその一輪を摘み取り、ウェザーに突きつけた。
 「殺してあげる・・・“サブタレイニアンローズ”―――」
 生い茂る茨に薔薇の花が次々に咲き、その花が次々に宙に舞う。その禍々しい薔薇の花が発する芳香とともに、その場が一種異様な空間となった。
 こいしは半眼になり、手にした薔薇を顔に近づけると、そっと口づけをする。
 同時に周囲に舞う薔薇の花が、嵐の如く渦を巻いて一斉にウェザーに襲いかかった。
 「ぐわあああっ!」
 ウェザーの全身で爆発が起こる。薔薇の花はなおも宙を舞い、ウェザーに触れるやいなや次々に爆発していった。
 「なんて子だ、生身でウェザーを」
 フィリップが驚く。「いったい彼女は何者なんだ」
 「地獄の薔薇はお気に召したかしら?」
 こいしが冷酷な視線をウェザーに下しながら言った。
 「ぐおおおお!」
 ウェザーの周囲に冷気が立ち籠める。すると薔薇の花が次々に凍りつき、ばらばらになって地上に落下した。
 「少々棘がありすぎる薔薇ですね・・・」
 ウェザーが立ち上がる。「私はあまり好きではありません」
 「そう、残念」
 こいしはくすりと笑った。「それじゃ、さらなる苦痛が待っているわ」
 ぼうっ・・・
 「!?」
 ウェザーが凍らせたはずの薔薇が、炎に包まれて再び宙に浮き上がる。
 「なにっ」
 ウェザーがぎょっとして周囲を見回した。
 周囲に漂う薔薇の花びらがまるでハートマークのように燃え上がっている。
 「拒絶された薔薇はいっそう激しく燃え上がる・・・」
 こいしは手にしている薔薇を指先でくるりと回した。
 「あなたに拒絶できるかしら。復燃“恋の埋火”―――」
 炎のハートが両側の壁に反射しながらウェザーに襲いかかる。
 「ふざけるな!」
 ウェザーは竜巻を巻き起こした。ウェザーに近づいたハートが吹き散らされる。
 「死ね!」
 竜巻の中から雷がこいし目がけて飛んだ。
 「危ない!」
 フィリップが叫んだが、激しい雷はこいしを撃ち、こいしの体はばらばらに砕け散る。
 薔薇の花弁がはらはらと舞い落ちた。
 “こいしちゃん!”
 翔太郎が叫ぶ。
 「小娘がでしゃばるからだ・・・」
 ウェザーはWのほうを向いた。「お待たせした。死んでもらおう」
 「貴様・・・」
 フィリップが怒りを含んだ声を発し、Wがゆっくりと立ち上がった。そしてファングメモリのタクティカルホーンを一回叩く。
 “アームファング!”
 Wの右腕にリスキニハーデン、もといアームセイバーが出現した。
 「うおおおおお!」
 フィリップが彼らしくない咆哮を発し、獣のようにウェザーに襲いかかる。
 「うっ」
 それに一瞬気圧されたウェザーがアームセイバーの一撃を食らった。
 「うぐぅ!」
 Wは嵐のように斬撃を繰り出す。息もつかせぬ攻撃にウェザーは押しまくられて後退、いったん飛びのいて間合いを取った。
 「くっく・・・怒ったか?その勢いがどこまで――」
 不敵に笑いながらWに言いかけた、その時、
 「!?」
 その脚に茨が絡みついていた。
 茨はどんどんウェザーの体に伸びていき、その体を締め上げる。
 「何だと・・・!」
 “くすくすっ”
 どこかからこいしの笑い声がした。そして、赤い薔薇と青い薔薇が先ほどよりもいっそう濃い密度で渦を巻き始める。
 「こいしちゃん!?」
 フィリップが辺りを見回す。
 “私の姿は後回し。決めましょう?”
 とこいしの声。
 「わかった」
 Wはファングメモリのタクティカルホーンを三回叩いた。
 “ファング!マキシマムドライブ!”
 Wの脚に鋭い刃が発生する。そしてWは空中高く飛び上がり、その最高点に達すると激しくきりもみ回転しながらウェザー向け急降下した。
 “ローズ”「「ファングストライザー!」」“地獄ー!”
 Wの回転が巻き起こす竜巻が赤と青の薔薇を巻き込み、Wは花吹雪とともにウェザーに飛び蹴りを食らわせる。
 「うおおおお!」
 ウェザーの悲鳴とともに“F”の閃光が走り、爆発が起こった。
 爆発が収まったとき、そこには誰もいなかった。
 「メモリブレイクしていない。逃げたか・・・」
 フィリップはウェザーの気配が消えたことを確認すると、変身を解いた。翔太郎と竜がフィリップのもとに駆けつける。ファングメモリはライブモードになっていずこかへと走り去っていった。
 「かっこよかったよ!」
 上からの声に一同がそちらを向くと、こいしが事務所の屋根のへりに腰掛けて、フィリップたちに屈託のない笑顔を向けていた。
 「いったいあの子は何者なんだ」
 竜が呆れたように言う。
 「全く、よくわからない子だぜ」
 翔太郎が帽子を目深に被って(下から見上げるアングル的に「左翔太郎ハードボイルド妄想日記」に入る危険性があったため)苦笑した。
 「それにしても・・・“ローズファングストライザー地獄”・・・語呂が悪すぎる・・・」
 フィリップは腕組みして首をかしげ、顔をしかめた。

 (OP“W-B-X~W Boiled Extreme~”)

 「仮面ライダー・・・ですか」
 蓮子は目を丸くして、「本当にいたんですね」
 と言った。
 「知ってるのか?」
 と翔太郎。
 「昔、そういう特撮番組があったみたいです。時々ネット上で見かけますね」
 「特撮・・・」
 「“向こうの世界”ではそういうことになっているようだね」 
 フィリップは興味深げに言った。
 現在、カレーを煮込み中。とくにやることもないので一同は先ほどのことについて話していた。
 「それにしてもこいしちゃん、すっごく強かったんだけど」
 と亜樹子。「私聞いてないよ!」
 「フィリップが危なかったし」
 こいしはあっけらかんとした感じでにこやかに答えた。
 「でも殺せなかったのが残念!」
 けど剣呑だった。
 「どこの世界から来たんだろう。蓮子さんの世界とはまた別のようだけど」
 とフィリップ。「“検索”できないのがもどかしい」
 「しかし、このままでは風都は行方不明者と別世界の人間で滅茶苦茶になってしまう」
 と竜。「早く何とかせねばならない」
 そこへ、竜のビートルフォンが戻ってきた。
 竜はそれをキャッチすると手早く携帯モードに変形させる。
 「黒須邸には、近郊の音大に通っている弟しかいなかった。彼いわく、姉は昨年11月から旅に出ているそうだ」
 「逃げたんだ!」
 と亜樹子。
 「彼によると、昨年12月に京都の実家に一時帰省し、またどこかへ行ったようだ。今、京都府警に確認をとってもらっている」
 竜はビートルフォンを操作しながら、「オレが『ドーパント』と口にした瞬間、その弟の表情が変わり、落ち着かなくなった。おそらく彼は何かを知っている。で、こいつを見張りに残して、ここまで来たところであのドーパントに襲われたというわけだ」
 「偶然にしてはタイミングがよすぎるな」
 翔太郎。「姉に連絡を取ったのか・・・井坂のヤローも絡んでるみたいだしな」
 「ボーダーメモリは心身への負担が大きい」
 とフィリップ。「彼にケアを任せているのだろう」
 竜がビートルフォンの録画を再生した。
 黒須邸の居間。黒須良が携帯で電話をかけている。小さな声で喋っているらしく、声はもうひとつ聞こえづらい。
 “・・・ええ・・・警察が今・・・・・・・このままじゃ姉さん・・・”
 「お姉さんにかけてるのね」
 と亜樹子。
 「姉への連絡の手段を持っているということか」
 と翔太郎。「姉をかばってるんだな。まあ肉親なら当たり前だが・・・」
 “ええ・・・・何も喋ってない・・・・ええ・・・今帰ったばかり・・・・・・・・・・まだ・・・・・・ええ・・・・”
 黒須良は電話をしながら居間を出て行った。ビートルフォンはしばらく待機していたが、彼は居間に戻っては来なかった。
 「オレのことを教えたようだな」
 竜がビートルフォンを閉じ、ギジメモリを抜いた。「これで、彼が何か知っていることは明らかになった。明日、改めて事情聴取を行う」
 「黒須志津子は風都のどこかに隠れてるのかな」
 と亜樹子。
 「瞬間移動にはかなりの力を使うだろう」
 とフィリップ。「あまり遠距離にいると、移動後にぼく達と戦うだけの力は残らないはずだ。だから、そう遠くないところにいると思われる」
 「黒須良の交信記録も調べてみよう」
 と竜。
 「でも」
 蓮子が口を開いた。「志津子さん、どうして逃げてるんでしょう。逃げる理由があるんでしょうか。いくら逃げたって、自分でやったことの心の整理なんかつくはずないのに・・・もしつけられるとしても、それは心を凍りつかせること・・・とても不幸なことじゃないでしょうか?」
 「うーん・・・」
 翔太郎は唸って、「確かに・・・そうだよな・・・」
 その時、スパイダーショックがアラームを鳴らした。
 「煮込みの終わりの時間だ」
 とフィリップ。
 「それじゃ、あとはカレーを食べてからにしましょー!」
 と亜樹子が腕を突き上げる。
 「しましょー!」
 こいしも真似して声を上げた。

 


 「いただきます!」
 翔太郎、フィリップ、亜樹子、蓮子、こいし、そして竜も加えた六人が、カレーライスを前にして両手を合わせ、食前のあいさつをした。
 「・・・・・・・」
 さっそく一口ほおばり、しばらく咀嚼していた亜樹子が、
 「・・・・う・ま・い・ぞぉぉぉぉぉー!!!」
 と、大阪城を内部から巨大化で突き破らんばかりの勢いで叫んだ。さらに、
 「んまァァァ~いッ!辛いけど美味しい!やめられない止まらない!幸せのくり返しだよぉぉぉ~っ!
 と、腹が裂けて内臓が飛び出さんばかりの声を上げ、がつがつと食べ続ける。
 「もうちょっと女らしく食べろよ・・・むぐむぐ」
 顔をしかめた翔太郎も、人間火力発電所のごとくカレーをがっつく。
 「しかし、そのとおりだ。高級レストランでもこのような味はなかなか出せない」
 竜が大きくうなずいて言った。「蓮子さん、やるな」
 「いえ・・・スパイスの配合はフィリップさんの計算ですから。私は作っただけです」 
 と蓮子はフィリップのほうを見て言った。
 「いや、いくら最高の材料があっても、それを生かすも殺すも料理人次第。亜樹ちゃんや翔太郎なら大変なことになっていただろう」
 とフィリップ。「君の腕がよかったということさ」
 さらりと亜樹子と翔太郎にはひどいことを言ったが、二人はカレーに夢中で聞いていないようだった。
 「確かな材料と確かな腕、ということだな」
 と竜がまとめた。
 「そやそや、フィリップくんやっぱ天才!蓮子ちゃんもええお嫁さんになるでぇー!」
 スプーンを顔の前で振りながら、亜樹子が至福の表情で言った。お国言葉になっている。
 「あはは・・・」
 蓮子は頭をかいた。
 「でも、こういった『生の食材』で料理するのはなかなかないんで・・・緊張しました」
 「生の食材?」
 亜樹子が首をかしげる。
 「はい。私たちの世界では、食べ物はほとんど合成ものになっていて・・・学生はまず『生の食材』は食べられません」
 「うおお・・・そうなんや。日本はもっと農業に力入れなあかんで・・・」
 亜樹子はスプーンを持つ手に力を込めた。「こんなうまいカレーが食えへんようになったらしまいやー!」
 「・・・・・・・」
 こいしは無言でもくもくと食べている。それに気づいた蓮子は、
 「あ・・・辛かった?」
 と訊いた。
 「え?ううん?」
 こいしは蓮子のほうを見て、ふるふると首を振った。「美味しい!」
 「ごめんなさい、なんだか難しい顔してたから」
 蓮子の言葉に、こいしはきょとんとして、
 「そんな顔してた?」
 「あ・・・私の早とちりみたい」
 蓮子はばつが悪そうに、「ごめんなさい」
 「ううん」
 こいしはまた首を振って、「ちょっと、お姉ちゃんのことを考えて」
 「お姉ちゃんがいるの?」
 「うん。厳しくて優しいお姉ちゃん。今頃は、のこのこ帰ってきた私をどう怒ろうかと心配してるはず・・・」
 「・・・・・・」
 「・・・帰れないけどね・・・」
 こいしはそう言うと、ぱくりとカレーを口にし、
 「辛ーい!」
 と楽しそうに声を上げた。
 どうにもつかみ所のない彼女だが、蓮子には今一瞬、彼女の心の中が見えたような気がした。
 顔を上げると、今の今まで猛然とカレーを平らげていた亜樹子もちょっと悄然とした表情になっている。蓮子と同じ気持ちなのだろう。
 「きっと帰れるよ!こいしちゃんも私も」
 と蓮子は言った。「翔太郎さんやフィリップさんに任せておけばきっと大丈夫!」
 「・・・・・・」
 こいしはフィリップのほうを見た。そして、
 「・・・私、帰れるかな」
 とつぶやくように言った。
 「・・・・・・」
 フィリップは小さく微笑んで、
 「ああ、きっと帰れるとも、こいしちゃんの帰るべきところへ。ぼくが保証しよう」
 彼にしてはいささか大言壮語だったが、こいしはそれを聞いて、
 「じゃ、安心!」
 にっこりと笑い、ぱくぱくとカレーを食べ始めた。
 蓮子と亜樹子、そしてフィリップはほっとした。
 「・・・黒須志津子も帰るべきところへ帰れない人間なんだよな」
 その時、翔太郎が口を開いた。
 「帰るべきところへ帰れずさまよう黒須志津子、それをかばう弟の良・・・でも逃げているだけじゃ何の解決にならねえ。志津子が罪を償うことで、はじめて彼女が帰るべきところへ帰ることができる。姉弟の絆が元に戻るんだ」
 「そうだな」
 と竜。「一刻も早く黒須志津子を見つけなければ」
 「ドーパントはメモリブレイク寸前までダメージを受けていた」 
 とフィリップ。「本体に戻っても相当のダメージが残っているだろう。おそらくは井坂が治療していると思われる」
 「大事な実験材料だからな」
 翔太郎が吐き捨てるように言った。
 「井坂が治療するには、遠く離れた場所であっては不可能だ。そのための施設がないからね」
 フィリップは続けた。「つまりドーパントは現在、この風都内にいる可能性が高い」
 「井坂も炙り出せるし、一石二鳥ってことだな」
 と翔太郎。
 「ただし」
 フィリップは翔太郎と竜を見ながら、
 「その場合はウェザーとボーダーの二体のドーパントを相手にすることになる。ライダー一人では勝ち目はない。なるべく二人が同時に行動するのが望ましい」
 と言った。
 二人は顔を見合わせたが、
 「いや、オレはオレのやり方で奴を追う。見つけたら連絡してやるから、急いで来るんだな」
 と言ったのはやっぱり竜だった。
 「そう言うとは思ったけどね。くれぐれも気をつけることだ」
 フィリップは苦笑して忠告した。
 「わかっている」
 竜は立ち上がって、「ご馳走になった。また何かわかったら連絡する」
 と、挨拶もそこそこに帰ってしまった。
 「慌しい人ですね」
 と、蓮子。
 「ああいう奴なんだ」
 と翔太郎。「それじゃ、みんな食べたみたいだし、片付けるか」
 「ごちそうさまー」
 こいしが音頭を取り、
 「「「「ごちそうさまー!」」」」
 皆が食後の挨拶をした。

 

 「・・・全く、その力をフルに使えば奴らなど軽く葬り去ることができるものを・・・」
 “あれ・・・以上・・・力を使ったら・・・自分が自分でなくなると思って・・・それ・・で・・・”
 深夜の一室。井坂がベッドの上に横たわるボーダー・ドーパントに処置を施していた。
 「その先に、人間などには及びもつかない世界が広がっているというのに・・・なぜ踏み出そうとしないのだ」
 “・・・・・・・・それ・・は・・・・”
 「人間に未練があるのか。家族か、友人か」
 井坂は呆れたように息をついて、「釈迦は王族の地位を捨て、妻と子も捨て、すべての執着を捨てた先に悟りを開いた。あなたも今まさにすべてを捨てて新しい世界へと参入しようとしている。何をためらうことがあるのか。そうなった後でも、家族や友人と付き合うことはできる」
 “自分が・・・自分でなくなって・・・家族や・・・友人と・・・どう付き合えば・・・いい・・・”
 「適応度は素晴らしいのに、未練がこれほど強いとは」
 井坂はため息をついた。「それなりの処置をしたほうがよさそうですね」
 しばらくの静寂ののち、室内にドーパントの苦悶の叫び声が響いた。

 


「・・・・・・?」
 翔太郎はベッドから起き上がった。何かの物音がする。
 「何だ・・・?まさか、ボーダー・・・!?」
 ダブルドライバーを手にし、事務所へと出る。
 デンデンセンサーが何かを感知し、アラーム音を出していた。
 「何かいる・・・?」
 翔太郎はバットショットにバットメモリを挿入する。
 “バット!”
 デジカメ形態のバットショットが蝙蝠形態のライブモードに変形し、羽ばたいて屋外に飛び出した。
 翔太郎はスタッグフォンを開き、バットショットからの映像を見る。
 「!!」
 そこには、上半身だけの女性が映っていた。
 色まではわからないが暗い色の服を着、長い髪が月光に光っている。
 上半身を乗り出すような形だが、その下半身は見えない。切り取られたかのように、上半身だけ宙に浮かんでいる。
 まるきり怪談な光景だが、
 「この能力・・・!」
 翔太郎は寝巻きにフェルトハットを被り、事務所を飛び出した。
 「・・・・!」
 いきなり飛び出してきた翔太郎に、その女性はびくっと身を震わせ、すっと姿を消してしまった。
 「ま、待て・・・!」
 翔太郎は駆け寄ったが、すでに女性の姿はどこにもなかった。気配もまったくない。
 女性の居たところに手を伸ばしてみる。しかし、何も起こらなかった。
 「くそっ・・・」
 翔太郎は辺りを見回して舌打ちした。

 

 「え、上半身だけ女?」
 亜樹子が眉をひそめる。
 次の日の朝、朝食の席で翔太郎は昨晩の出来事を話した。
 「なにそれ!気色わるー!」
 亜樹子はさぶいぼ出たように両肩を抱いた。
 「あの能力・・・黒須志津子だったかもしれない」
 翔太郎は悔しそうに言った。「驚かせてしまったみたいだ」
 「デリカシーがないから女の子に逃げられるのよ」
 とこいしが紅茶を飲みながら言った。
 「・・・・!」
 翔太郎が口をあんぐりとさせてこいしを見る。
 「しかし・・・」
 フィリップが口を開いた。「黒須志津子だとすると、生身でドーパント能力を発現していることになる。それ自体はありえないことではないが、どうしてそんな行動に出たのか・・・必然性がない」
 「それは・・・」
 翔太郎は首をかしげて、
 「でも、他に誰がそんなことできるんだ?」
 「まさか・・・」
 その時蓮子が口を開いて、「メリー・・・!?」
 「えっ?」
 亜樹子が蓮子のほうを見て眉をひそめ、「なんて?」
 「それ・・・私の友人のメリーかもしれません」
 と蓮子は言った。
 亜樹子はさらに眉をひそめて、
 「ど、どーゆーこと?」
 「彼女は・・・メリーは、境界を見ることができます」
 蓮子は答えた。「だから、空間にできたスキマを見ることができますし、そこに入ることができます」
 「こいしちゃんといい、他の世界の人ってどうなってるのー!?」
 亜樹子は頭を抱えた。そして蓮子を見て、
 「・・・・・・・蓮子ちゃんもなんかすごい能力あるの?」
 「私は、星の位置を見て時刻を知ることができます」
 「何その超能力学園・・・」
 亜樹子は呆れたような表情になったが、すぐにはっとして、
 「ってことは、翔太郎くん、蓮子ちゃんの友達を追い返しちゃったわけ!?」
 翔太郎を睨むと、
 「何てことするのよ!」
 となじった。
 「ちょっ、無茶言うな!」
 翔太郎が顔をしかめて、「そんなこと知らなかったんだぞ、てっきり黒須志津子かと・・・」
 「あーもーこんな男がいきなり飛び出したらそりゃびっくりするわ。どうせパジャマに帽子かぶって出たんでしょ!」
 「ぎく」
 「まるきり変態じゃない、せめて着替えて出るとかしなさいよ!」
 「そんなのんきな事できるか!」
 「彼女が空間のスキマを移動できるとすると」
 そのときフィリップが言った。「彼女は、ぼくたちとボーダー・ドーパントとの戦いの時、ドーパントが開けた空間のスキマから体を出したんだろう。ぼくたちからは見えないが、まだ閉じきっていないらしい。しかし、そのスキマは狭かった。だから上半身しか出せなかった。おそらく彼女もここではないと思ったんだろう、翔太郎も出てきたので隠れてしまったんだ」
 「ということは」
 蓮子がはっとして、「私が現れたところに出てきてる・・・かも!」
 「その可能性が高いね」
 フィリップの返事に、蓮子は立ち上がった。
 「私・・・行ってみます!」
 「わかった」
 翔太郎もこれ幸いと立ち上がった。「一緒に行こう」
 「善は急げだ。すぐに向かったほうがいい」
 とフィリップ。
 「わかったぜ」
 二人は帽子掛けから各々の帽子を取り、
 「いってきます!」
 と同時に帽子をかぶり、事務所を出て行った。
 「逃げられたー!」
 亜樹子が地団駄踏む。
 「あの二人なかなかお似合いよねー」
 こいしがくすりと笑ってフィリップに問いかけた。
 「かもしれないね」
 とフィリップ。
 亜樹子はその二人と、翔太郎と蓮子が出て行った入り口のほうを見て、敗北感をにじませながら小声で言った。
 「なにこの・・・蚊帳の外感・・・!」
 その時、事務所の電話が鳴った。
 「こんな早くから何だろ」
 亜樹子が電話を取る。
 「はい、鳴海探偵事務所で・・・あ、竜くん」
 竜からの電話だった。
 「・・・あ、翔太郎くんはちょっと外出・・・ええ!ドーパントの居場所を突き止めた!?」
 亜樹子は頓狂な声を上げた。

 

 “♪♪♪♪♪~♪~”
 竜が黒須家のドアホンを鳴らしてしばらくすると、
 “どちらさまでしょうか・・・”
 という黒須良の声が聞こえてきた。
 「風都署の照井だ。確認したいことがある」
 竜の返答からしばらくして、ドアのロックが外れた。
 「失礼する」
 竜はドアを開け、中に入った――と思った次の瞬間、空中にいた。
 周囲は緑の山に囲まれ、眼下には湖が広がっている。
 「!」
 竜は素早くアクセルドライバーを腰に装着、アクセルメモリを抜き、
 “アクセル!”
 「変!身!!」
 “アクセル!”
 仮面ライダーアクセルに変身するやアクセルドライバーを外し、バイクモードに変形すると着水しざまにフルスロットル、湖面を滑るように走ると岸辺で豪快にウィリーし、空中でトンボ返りすると元の姿に戻った。
 「・・・それがおまえの真の能力か」
 アクセルは、目の前に立っている異形の影に向かって声をかけた。
 「ボーダー・ドーパント・・・黒須、良!」
 “・・・・・・・”
 ボーダー・ドーパントがその変身を解いた。異形の姿が、細身の青年――黒須良の姿に戻る。その表情は、昨日のような柔和なものではなく、憔悴した、険しいものになっていた。
 「わかっていたんですか・・・」
 と黒須良は言った。「でなければ、とっさにそんな対応はできないはず・・・」
 「昨日、オレはおまえを訪ねた後、ドーパントに襲われた。そしておまえはオレが帰った後、どこかに電話をかけていた」
 アクセルはエンジンブレードを振った。「姉にかけたのか・・・いや違う。いくらボーダー・ドーパントといえど、遠隔地にいながらオレの位置を把握して攻撃はかけられない。オレの、少なくともだいたいの位置を知る者でなければならない。それができるのは、オレに会ったおまえだけだ。それに、あの電話の後、おまえはあの家から消えた・・・」
 エンジンメモリを抜く。
 “エンジン!”
 「答えは一つ。おまえは井坂深紅郎に電話し、オレを追った。オレを葬るために・・・」
 「その通りです」
 黒須良はうなずいた。「ぼくがボーダー・ドーパントです。ぼくが、すべての失踪事件を起こした」
 「・・・・・」
 アクセルは首を振った。「まだそうとは言い切れない」
 「なぜです!」
 「最初の事件を起こしたのは黒須志津子である可能性がある」
 アクセルはメモリをエンジンブレードに挿入した。「その時の副作用で黒須志津子は肉体的あるいは精神的に異常をきたし、そのために失踪してしまった。おまえは姉への嫌疑をそらすため、あるいは姉を探すため、ドーパントとなった・・・」
 「・・・・・・・・姉さんは、罪を犯していない!」
 良は語気荒く言い放った。「姉は確かにメモリを入手し、ドーパントになりました。でも・・・どうしても手を下せなかった。だから、ぼくが代わりにドーパントになり、奴を葬ってやった!今のあなたみたいに別の場所に転移させ、奈落の底に叩き落してやった!姉さんをあれだけ苦しめた奴を!」
 良は右手に持っていたガイアメモリをゆっくりと顔の前に持ってくる。その息は荒く、まるで禁断症状が出ているようだった。
 「でも・・・それを知った姉さんは・・・二重の苦しみに陥った・・・」
 良の声が震える。「かつて好きだった・・・人の死と、ぼくの罪に・・・」
 「彼女はメモリとの親和度が高く、生身でもドーパント能力を発現できた。しかし、その精神的ダメージにより、力が暴走した・・・」
 とアクセル。
 「そう・・・です・・・そして姉さんは・・・消えてしまった。一度京都に現れたけれど、それっきり・・・」
 “ボーダー!”
 良がメモリのスイッチを入れる。同時に良の眉間にメモリコネクタが現れた。
 「ぼくのせいで・・・ぼくのせいで姉さんは・・・!だから、姉さんはぼくが絶対に見つけて連れ戻す!どんな手を使ってでも!誰にも邪魔はさせない!」
 良の表情が悪鬼のごとく豹変、絶叫するや、眉間のコネクタにメモリを突き刺した。 
 “ボーダー!”
 良がボーダー・ドーパントに変身する。
 「それ以上その力を使えば、おまえが破滅するぞ!」
 “エレクトリック!”
 アクセルがボーダーに斬りかかった。
“―――――”
 ボーダーは微動だにしない。
 おかしい、と思ったとたん、頭上から巨大な石が落ちてきてアクセルを直撃した。
 「ぐっ!」
 一瞬よろめき、前を向いたときにはボーダーはその場に居なかった。
 振り向こうとしたアクセル、しかし目の前に閃光が走った、と思った瞬間、レーザーの直撃を食らって吹き飛ぶ。
 「く・・・っ」
 立ち上がろうとしたとき、

 プァーン

 「!?」
 電車の警笛、と思う間もなくアクセルは猛スピードの電車にはねられてまた吹き飛び、派手な水しぶきを上げて湖に落ちた。
 「くっ・・・この強さ・・・昨日とはまるで違う・・・・・・」
 アクセルがよろめきながら立ち上がる。その周囲の空間がいくつも裂けていた。
 急いで身をかわそうとしたが、そこから光弾が次々に撃ち出されてアクセルに命中爆発、アクセルは岸辺に叩きつけられる。
 「ぐう・・・っ・・・」
 アクセルがなんとか身を起こすと、その目の前でボーダーの姿がすうっと消えていった。
 「なっ・・・」
 ボーダーの気配はその場から全く消えてしまった。
 アクセルはビートルフォンを取り出し、開いてみる。
 圏外だった。
 「ここは・・・どこだ・・・」
 「なんだおまえ!」
 その時、背後で少女の声が聞こえた。
 振り向くと、空中に青い服を着た小柄な少女が浮かんでいた。背中から氷のような六枚の羽が生えている。
 (何だこいつ・・・・?)
 「あたいの縄張りに入ってくるとは命知らずね!」
 少女はアクセルを指さして、「このあたいがやっつけてやるわ!」
 その周囲に冷気が立ち込め、雹弾がアクセル向け飛んでくる。
 「・・・・・・・・」
 アクセルはエンジンブレードをその少女に向けた。
 “スチーム!”
 凄まじい勢いで噴き出された高温の蒸気が雹弾を溶かし、少女を包み込む。
 「あっち~~~~~!!!!」
 少女は悲鳴をあげ、あっけなく遁走した。
 「・・・・くそっ」
 竜は変身を解いて辺りを見回した。ここはいったいどこなのか・・・・・

 (Aパート終了、CM。もう8:18くらい?)

続き→

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