妖怪ハンター〜土着信仰


 

 
 発掘現場に到着すると、私と美加はまず最初に御柱が出土した場所に向かった。
 「確かに、ダウジングや、野を歩きまわりながら埋もれた遺跡のある地点を正確に示してゆく人の話は聞いたことがあります。それを彼女が?」
 神野は半信半疑で私に訊いてきた。
 私はうなずいて、
 「確かに不思議な話ですが、私も彼女には信頼を置いています。期限も迫っていますし、ここは私を信じて下さい」
 と言った。
 美加は御柱の出土地点に立つと、池の方を向いて立った。そして、おもむろに目を伏せる。
 彼女には、通常の人間には見えないものが見える。ダウザーのように、さらに埋まっているであろう御柱も発見できるはずだ。そう思ってはいたが、彼女の反応は私の予想以上だった。
 「・・・・・・これは」
 美加が声を上げた。
 「すごい・・・」
 「どうした、美加くん」
 私が声をかけると、美加は目を伏せたまま目を見開いていた。その脳裏に何かの情景が浮かんでいるようだ。
 「なんて高い柱・・・並んでいる・・・湖の中へ・・・湖の中から柱が・・・・・・並木道みたいに・・・鳥居も・・・湖の向こう・・・東の山坂の方へ・・・」
 そして、ゆっくりと池の方へ歩き出す。
 「こんな柱、どうやって立てたのかしら・・・?」
 「美加くん、何か見えているのか?」
 しかし、美加には私の声が聞こえていないようだった。私の声には反応せず、なお歩き続ける。そして、20mほど歩いたところで立ち止まると、傍らにある何かに右手で触れるようなしぐさをした。
 「ここだ・・・!」
 と私は言った。彼女は、かつてその場所にあったであろう御柱に触れているのだ。
 「あ・・・!」
 その時、美加が小さく声を上げてつんのめった。右手の先にある物が突如なくなったような感じだった。
 「何・・・?何か・・・来る・・・?」
 突如、美加の声が畏れを含む。
 「風が・・・!波が・・・!光が・・・!!」
 美加がぶるぶると震えだした。
 「どうした、美加くん!」
 「来る・・・嵐が・・・来る・・・・・・!!」
 美加は震えながら後ずさる。そして、
 「た・・・助・・・け・・・!!」
 今にも悶絶しそうな声を絞り出すと、何かをふり仰ぐようにのけぞった、その時、
 “これ以上見るな!!”
 彼女はそう叫んだ。しかしその声は美加のものではなかった。
 私はとっさに美加の肩を掴んで引き寄せた。美加は全身の力を失ってぐったりと寄りかかってきた。
 「これはいったい・・・!」
 神野が驚愕の表情を浮かべている。
 「私も驚きました・・・こんな事になるとは。おそらく、この子はこの村の昔の姿をかいま見たのです」
 私は気を失った美加を抱き留めたまま言った。危なかった。遅れていれば、美加はあのままショック死したかもしれない。
 「はじめの方は私にもなんとかわかりますが・・・後の方はいったい・・・ただごとではないようでしたが・・・」
 「それは私にもわかりません。ただ、次の柱の位置は、おそらくその辺りでしょう」
 私は、美加が何かを触る動作をしていた辺りを指差した。
 「なんとも驚きましたが・・・闇雲に掘るよりは、先生とその子を信じましょう」
 神野は力強くうなずいた。「先生は、事務所でその子を」
 「わかった」
 私は、美加を事務所へと運んで行った。


 美加を事務所の布団に寝かせると、私は郡誌を読むよりもまず今しがたの事について思索に入った。
 おそらく美加はあそこで古代の村の姿を見た。列柱は並木道のように湖を通り、鳥居も交えながら東の山坂の方へ続いていたという。そこまで一直線に続いているということは、ただの参道ではなく、やはり神の通り道なのだろう。守矢神社の神は東へと向かう、あるいは東から来るのだ。
 しかし、その後の反応はどういう事だろうか。風、波、光・・・何か畏怖すべきものが東からやって来たらしい。守矢神社へと何かが襲来したのだろうか。その直前、美加はつんのめっていた。それは、「柱が消えた」ことを意味する。柱が立たなくなった後の事だろうか。いや、美加は現在から遡って古代の姿を見ていたのだ。よって、それに続くヴィジョンは、それよりも昔の・・・
 「なかなかのつわものが知り合いにいるのね、先生?」
 「!!」
 私は仰天した。美加が言葉を発したのだ。
 しかし、彼女は目を覚ましてはいなかった。
 「でも、ちょっと力が強すぎね。私が止めなければ、そのまま引き込まれて命はなかった」
 美加は口を動かしてはいなかった。まるで腹話術のように、美加の中から声が聞こえてくる。
 「きみは・・・一昨日の晩の・・・」
 「あたり」
 くすくすという笑い声が聞こえた。「話が早くて助かるわ」
 「美加くんを助けてくれたのか・・・」
 「まあね。邪心のある者なら放っておいたけど、そうではなかったから」
 「神社に何か不利益を与えようと思ったわけじゃない・・・地中に埋まっている列柱の位置を知りたかった。それに、彼女ならば何かと早苗くんの力になってくれると思ったからだ。あとで参拝して紹介するつもりだった」
 「ふふ。女の子に優しいのね。美少女専門?」
 「君にまで言われるとは・・・」
 「ありがとう。早苗の事を気にかけてくれて」
 「君は一体・・・もしや、守矢神社の・・・」
 私が言いかけた時、
 「余計な詮索は禁じたはずよ」
 と、たしなめるような口調で釘を刺してきた。
 「それに、またあのような事をしても、その時は助けない。自業自得。人は“あの光景”に耐えられない」
 「・・・わかった。やらせるようなことはしない」
 「くれぐれもお願いね。早苗の友達を亡くしたくないから」
 「では・・・」
 「すぐに目は覚める。水でも飲んで、一息ついてから参拝するといいわ。ただ・・・」
 「ただ?」
 「神域をみだりに歩き回らないこと。好奇心は猫をも殺す」
 「わかった」
 私がうなずくと、
 「それじゃ、美加ちゃんは目を覚まします。はいワン、ツー・・・スリー☆」
 美加がそう言った瞬間、彼女はぱっと目を覚ました。そしてがばっと身を起こし、きょろきょろと辺りを見回す。
 「あ・・・私は・・・いったい・・・」
 彼女は、先ほど自分の見たことを全く覚えてはいなかった。
 

 

 美加が落ち着くまで、私は大正末年に発刊されていたこの地方の郡誌をひもといていた。

  当村に所謂「七石」有りといふ。
  村の北山に東より「根裂(ねさく)石」「枷戸(かせど)石」「穀(こく)石」有り、
  南山には東より「陰(ほと)石」「化婦(けふ)石」「雛(ひな)石」有り、
  守矢の社に「照(てる)石」有て、これすなはち七石なりと古老言い伝ふ。
  実際山中に多くの奇石有ども、七石が何れに当るものか詳かならず。
  一書に曰く、古へ当村に三木七石あり。三木は「千春門(ちはると)」「得蘇門(えそと)」「丸門(まると)」といふ、云々。
  或は四木六石なりといひ、七石のうち照石は石にあらず「照木(てるき)」なりといひ、
  其木朽し後、石を以て之に替えたりといふ。
  これすなはち諏訪の七石七木になぞらへたるものならんか。
  されど石の名は諏訪と異り、木の名も亦然り。其の数も三或は四と異れり、往古当村に確にありしものなるか。

 (これだ・・・)
 この村にも「七石」があった。北の山に東から三つ並び、南の山にも東から三つ並び、西の守矢神社に一つあったという。これは村を取り囲む環状列石といえるのではないか。東方には石がないが、神の通り道として外されたのか。
 (いや、三木がある)
 伝承では、「三木」あるいは「四木」は「七石」よりも前に記されている。ということは、木は石よりも上位であることを示している。となると、これらの木は守矢神社の周辺にあったのだろうか?
 その時、先ほどの美加の見た映像の言葉が脳裏をよぎった。
 (柱・・・鳥居・・・三木?)
 美加は、柱のほか鳥居があると言っていた。これが三木にあたるとすればどうだろうか。三木はすべて「門(と)」と呼ばれている。鳥居も、聖域の門といえる施設だ。三木は神社の正面、湖を縦断するように存在したとすれば・・・頭の中の地図に三木七石を漠然と置いてみて、私は思わず声を上げた。
 「これは・・・カバラでいう『セフィロトの木』の配置ではないか!?」
 
     カバラとは、ユダヤ教の伝統思想の流れをくみ、
     西洋においてある意味魔術的な発展を遂げた神秘思想体系である。
     西洋カバラにおけるセフィロトの木は、エデンの園に生えていた命の木と同じものとされており、
     三本の柱のように並ぶケテル・コクマー・ビナー・ケセド・ゲブラー・
     ティフェレト・ネツァク・ホド・イェソド・マルクトの10のセフィラと、
     それらをつなぐ22の小径(パス)からなる図像として体系化されており、
     タロットカードとも関連付けられている。

 三木七石の名はセフィラの名との類似が見られる。諏訪とユダヤの関連については一部ではよく言及されるところであり、私も東北の山間部の隠れキリシタン村、軽張村で聖書の伝承に基づく異常な事件に関わったことがある。しかしこのセフィロトの木は時代の下った西洋のものであり、上古の諏訪と関係があったはずがない。ありうることとしては、戦国時代に大挙してやってきた西洋人の中にカバラの教養のある者がいて、この村に何かを感じて自らの知識を伝え、それが村の伝統とも合致して実際に有益であったので後世に言い伝えられた、というところか。
 ともかく、この村には環状列石が存在している。そしてそれは、「生命の木」とつながっているかもしれない。
 山を歩き回ってみたかったが、おそらくは「あの少女」に許されないだろう。

 「先生、もう大丈夫です。行きましょう」
 美加の声が聞こえたので、私は読んでいたページに付箋を付け、郡誌を閉じて立ち上がった。
 
(つづく)

 

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