妖怪ハンター〜土着信仰


 

 
 私は翌朝一番の特急で東京に帰り、大学に出て昼からの講義を行うと、その日はいったん自宅に戻った。
 荷物を置き、一息ついた時、玄関のチャイムが鳴る。絶妙のタイミングだった。
 いったい誰だろうと出てみると、
 「先生、お久しぶりですね」
 「美加くん!」
 そこには、天木美加が立っていた。

   天木美加は、一昔前の月航ジャンボ機墜落事故で兄の薫とともに奇跡的に助かった娘である。
   航空機は中部地方の山岳地帯に点在する巨石群が形成する環状列石(ストーンサークル)の傍に落ち、
   天木兄妹はその環状列石の中に投げ出されていた。
   その環状列石の中には不思議な生命の混沌のような存在「生命の種子」があり、
   二人はその力によって蘇生し、また超常的な能力をも備えることとなった。
   美加は兄の薫よりもその能力が強く、またそれを用いることに積極的であり、
   私の遭遇した事件解決の手助けをしてくれたこともあった。
   その顛末は、『花咲爺論序説』『幻の木』『川上より来たりて』『天孫降臨』、また『黄泉からの声』に記してある。

 美加は「生命の木」から発した「生命の種子」の力を享けたからだろうか、すでに大学を卒業して数年を経たにも関わらず、その外見はまだ大学生くらいにしか見えない。私がそれを言うと、私も昔と全く変わらないと返されるのだが・・・
 「どうしてここへ・・・」
 「先生があたしを呼んでいるような気がしたものですから」
 美加はくすりと笑って言った。
 「むっ・・・」
 私はぎょっとした。確かに今日の朝から何度か「もし彼女がいれば」と考えてはいたのだが・・・
 「君はいつもながら勘が鋭すぎるね」
 彼女はテレビの録画放送で私に警告を発したことがあるほど、予見能力に優れている。
 「それじゃ、やっぱり?」
 「まあ、立ち話もなんだから入りたまえ。今日は休みなのかい」
 「宝くじが当たっちゃったので、ちょっとのんびりと」
 「またかい!」


 私は、美加にこれまでのいきさつを話して聞かせた。
 「諏訪の古い信仰を守り伝える神社と村、風祝の娘、そして謎の少女と惨劇・・・」
 それを聞いた美加はしばらく頭の中で私の話を整理していたようだが、すぐに顔を上げて、
 「全くもっていつも通りの先生ですね!」
 と面白そうに言った。
 「私がそうしているわけじゃないよ」
 私は顔をしかめた。
 「それで、あたしはどうお手伝いすればいいんですか?」
 と美加。
 「発掘の期限が迫っているので、『二組目の御柱』を見つけてほしい」
 「お安い御用です」
 「風祝の東風谷早苗くんはきみと同じように超常の力を持っている。できれば彼女と友人になって、力になってもらいたい」
 「この優しさ、やはり先生は美少女専門・・・!」
 「美少女専門はもういいから・・・」
 私はまた顔をしかめた。
 「でも、その早苗さんという人にも会ってみたいですね」
 美加は乗り気そうだったので、私はほっとした。もっとも、そうであるから私の家を訪れたのであろうが。
 ただ、ひとつ懸念があった。
 「ただ、“彼女”が警戒するかもしれないが・・・」
 しかし、美加は事もなげに言った。
 「ああ、神様のことですか」
 「神様・・・あれが?」
 神と呼ぶにはあまりにも神らしくない格好だった。しかし、神らしくないとはどういうことだろう。今まであまりにも異界より訪れた異形の存在を見続けてきたので、逆に人の姿をした超常の存在を「神らしくない」と感じてしまうのか?人の姿の方が、一般的な神のイメージではないだろうか。私は思わず苦笑いした。
 「先生とお話をされたのでしょう?ならば、誠意を見せればわかってもらえると思います・・・それよりも」
 美加は眉をひそめた。「何か別のものが・・・」
 「別のもの?」
 「はい。先生のおっしゃっていた、飯島という人の行動・・・それが気になります」
 「うん。その事については市の方でも調べるだろうから、市議会議員の坂崎さんから教えてもらえることとなっている」
 「おそらく、その人の素性が関係しているのだと思います。先生、次はいつ向かわれるんですか?」
 「今日はゆっくりしようと思っていたのだが、急いだ方がいいのかな?」
 「はい。胸騒ぎがします」
 「君の勘に従った方がよさそうだ。すぐに準備しよう。君は・・・」
 「荷物はここへ来る途中、駅のロッカーに入れてきました」
 「本当に手際がいいね、君は・・・」
 かくて、私は天木美加とともに再びあの村へと向かう事となった。

 

 
 都内で運悪く人身事故があった関係で特急に乗るのが遅れ、電車を降りた時にはすでに外は暗くなっており、守矢神社の最寄駅への最終電車はもう出た後だった。
 「仕方がない。今日は駅前のホテルに泊まって、明朝の電車で発掘現場へと向かおう」
 と私は美加に言った。
 「電車ではぐっすり眠ってましたね。お疲れなんですか」
 と美加。
 私は、特急に乗るとほどなく睡魔に襲われ、この駅に到着するまですっかり寝入ってしまっていた。
 苦笑しながら、
 「私もさすがに歳だよ」
 と言うと、美加はにこりとして、
 「そうですか?全然歳とってるように見えないですよ。若大将もびっくりです」
 「そうかね」
 「そうですよ」
 美加はそう言うと、私が寝る前に渡していた資料を返してきた。
 「ありがとうございました。退屈しませんでしたよ」
 「そうか、それはよかった」
 「あ、ホテルってまさかツインですか?」
 「別室だよ!」
 
 私は部屋に入ると、明日向かう事を現地の神野に伝えた。
 彼は幸いにももう回復しており、
 「現場検証も終わって、明日から発掘を再開できそうです。お待ちしていますよ!」
 という元気な声が聞こえてきたので、私も安心した。
 明日は「教え子」と一緒に行くということを告げて、私は電話を切った。
 私はこの時まだ、事が意外な方向に進むとは考えてもいなかった。

 

 
 翌日、早くに朝食をとって電車に乗り、駅に到着すると、神野が出迎えに来ていた。
 神野は私たちを見ると急いで駆け寄ってきて、
 「おはようございます!お待ちしていました」
 と挨拶した。そして美加を見て、
 「こちらが先生の教え子さんですね」
 「はい。はじめまして、天木美加です」
 美加が丁寧に挨拶する。そして辺りを見回して、
 「山に囲まれた、いいところですね」
 と言った。
 私は、彼女が月航機の墜落から生還した時の事を思い出した。彼女は中部地方の山岳地帯に形成されていた広範囲にわたる環状列石の中に発生した「生命の木の種」によって蘇生したのだ。そして、はっとした。
 (中部地方・・・山岳・・・環状列石・・・生命の木・・・?)
 中部地方の山に囲まれた村の御柱祭祀。そして、私が東北地方で行ったフィールドワークによれば、生命の木と川上、つまり水源は密接に関係している。ちょうど聖書にある、生命の木の生えるエデンの園から四本の川が流れ出ていたように・・・そしてここにも湖がある。
 (まさか・・・この地にも“生命の木”が・・・?)
 これまで神社の歴史と祭祀ばかりに気を取られて、環状列石についてまったく考えが及ばなかった。私のライフワークの一つであるのに、まったく迂闊なことだ。諏訪大社にも、石と木の信仰があるではないか。
 「神野さん」
 私は神野に訊いてみた。「この村の周囲の山中に、巨石あるいは石造の遺構はあるのでしょうか。諏訪には“諏訪七石”がありますが・・・」

    諏訪七石とは、諏訪大社上社周辺にある七つの石で、
    「硯石」「御沓石」「小袋石」「児玉石」「御座石」「亀石」「蛙石」をいい、
    ミシャグジ神が降臨する磐座であるという。
    また、「諏訪七木」というものもあり、これも同じくミシャグジ神の依代であるという。

 「ええと・・・」
 神野はいきなりの質問に面食らったようだが、
 「たしか・・・戦前に発刊されたこの地方の郡誌には・・・そうです、そういうものがあると書いてあったと思います」
 と答えた。
 「本当ですか!」
 私は思わず大声を上げた。「郡誌ですか、たしか事務所にありましたね」
 「はい。しかしそれが何か」
 「それを調べてからお話ししましょう。では早速行きましょうか」
 「わかりました。何か新たな発見のようですね!」
 神野も見当がつかないながらわくわくしているようだったが、はっと気を取り直して、
 「では行きましょう。その間、昨晩また奇妙な事があったのですが、それをお話しします」
 と言った。
 「奇妙な事?」
 「はい」
 神野は一転、浮かない顔になった。
 

 

 
 「御存知のように、私は先生の後を追って山の方へ向かいましたが、お恥ずかしい限りですが転んで頭を打って気絶して、先生に助けていただいてずっと寝ていました。昨日の昼過ぎにようやく気分もよくなり、皆から事の顛末を聞いて驚きましたが、警察も自殺であると判断して検証を終えたので、今日から発掘を再開できるということでほっとしました。飯島さんについては、何の理由があったのかは知りませんが、何も死ぬことはないだろうと、残念に思いますが・・・」
 神野は自分の不注意で気絶したと思っているが、おそらくは「あの少女」の仕業だろう。
 「それはともかく、私は昨夜、先生と電話をしたのち、怪我上がりでもありますし早く寝ようと、今日の用意をして早めに寝たのですが、夜中、作業の方々が騒いでいたので目が覚めました。聞いてみると、山の方で何か恐ろしい声がし、事務所の横を何かが横切って行ったというのです。それは山から逃げるように走り去っていき、事務所のライトに照らされたそれは、四本脚で脚は長く、這うように走っていて、獣というよりは大きな蜘蛛のようで、その頭は人のようだったと・・・」
 「人の・・・?」
 「はい。普通なら一笑に付す所ですが、この発掘には奇妙な事が多く起こるので、皆それを半分本気にして、またおびえ始めています・・・私も、大きな野犬か何かだと思うのです。思うのですが、もしかしたら・・・と・・・・・・」
 「先生・・・」
 美加が真剣な面持ちでこちらを見た。彼女もその異形の姿について私と同じく知っている。
 土蜘蛛。
 土蜘蛛は、記紀においては山中に穴居して朝廷に従わない民と記される人々である。手や足が長いという描写が散見され、先住民族を卑しんで描写したともいわれるが、私は、伝説に登場する様々な怪物は現在の地上の生物とは全く異なる体系の生物で、地上から駆逐され、常に地上に出てくる機会をうかがっている存在なのではないかと考えている。
 美加は、両親とともに一時“光の木真理教団”に入信させられ、その教祖の後継者に祭り上げられた。その教団が使役していたのが土蜘蛛で、それは死者の体に乗り移って行動する存在だった。しかし、その教祖は美加とその兄・薫の協力によって滅ぼされ、教団も瓦解した。もう二十年も前の話で、教団ももう存在しない筈だ。まだ残党がいて、今なお生命の木を求めているとでもいうのだろうか。
 (しかし、なぜ今出てきた・・・?)
 それまで土蜘蛛の姿は誰も見てはいない。それが、昨晩初めて人の目に触れた。それまでも密かに動いていたのか。
 (まさか、飯島の死によって・・・)
 飯島の不審な行動は、あるいは「生命の木」と関係があるのか。彼は「生命の木」に関して何かの情報を持っており、発掘調査によってそれを暴こうとしたのか。そして、彼が死んだことで、何らかの存在が動き出した・・・そう考えればつじつまがあうが、今は推論に過ぎない。我々はそれについて調べる事もできないので、飯島の事については坂崎からの知らせに期待するしかない。
 いずれにせよ、ここでそれを神野に言っても彼を困惑させるだけだ。
 「幽霊の正体見たり枯れ尾花、といいます。正体不明をむやみに怖れず、まずはそれをしっかり見極めることが大事なのは学問と同じです。ただ、夜中に徘徊するものですから、十分な注意が必要でしょうが」
 と私がきっぱり言うと、神野もそれに安心したように、
 「・・・そうですね。ありがとうございます、先生。気が楽になりました」
 と笑みを見せた。

(つづく)

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