七. 「なるほど」 慧音の説明に霊夢はうなずいた。「やっかいなことになったわね」 「おまえの力でどうにかならないだろうか」 と慧音。 「うーん・・・」 霊夢は屏風絵を見た。 「この屏風を封印することならできるだろうけど・・・ その場合は魔理沙と霖之助さんも一緒に封印してしまうのよ。だからやっかいなの」 「それはまずいな・・・」 慧音は腕組みする。 阿求が言った。 「慧音さんがこの絵の歴史を一部食べてくださればどうでしょうか」 「どういうこと?」 と霊夢。 「この絵はですね」 阿求が絵の端を指差す。 「この消えてしまった部分に、本来は閻魔様が描かれていました。 これにより、この絵には裁きとともに罪の償いもあらわされていたはずです。しかし、閻魔様が消えてしまったため、この絵には地獄の責め苦しかなくなり、結果、このような呪われた絵になってしまったのかもしれません。ですから、慧音さんが、この部分が焼けてしまったときの歴史を消してしまえば、絵は元通りになり、呪いも解けてお二人も戻ってくるかもしれません」 慧音は少し考えて、 「いや、危険です」 と言った。 「それを消した場合、それ以後の呪われた歴史も消えてしまうことになります。 となると、二人が取り込まれた歴史も消えてしまうので、二人はそのまま消滅してしまいかねません」 「そうですか・・・」 阿求はうなだれる。 「参ったなあ」 霊夢は頭をかいた。「人質を取られているようなものだからね。 紫がいれば後を追えるかもしれないけれど、いつも通り肝心なときにいないから・・・」 「何かここから絵の中に介入できる手段があればいいんだが・・・」 慧音も腕組みした。 「うーん」 阿求もつられて腕組みする。 「消しちゃうのはまずいんですよねえ・・・ええと・・・」 八. 魔理沙と霖之助は一飛びに剣山刀樹の中腹近くへとたどり着いた。 剣山は大火焔の中に沈むことなく高く聳え立っており、炎の音にも負けぬほどの罪人たちの苦しみ嘆く声で満たされていた。 彼らは逆立った剣や刀に体を刺し貫かれており、苦しみに身悶えすればそれがさらなる苦痛を引き起こし、より一層の叫び声を上げる。 さらに巻き起こる火焔が烈風を生み出して山を吹き上がり、刃に突き刺さった人々をそこから引き抜いて宙に放り出し、また別の刃へと叩きつけていた。 魔理沙はその光景を見てしまい、思わず顔を背けた。 「ひどいぜ・・・」 「『死んだほうがまし』とはよく聞く言葉だけれど」 霖之助が言った。「これを見てなおそう言い切れる者はあまりいないだろうね」 魔理沙、 「よく平気な顔でそんなこと言えるなあ」 霖之助、 「率直な感想さ。しかしあの人々は、今までの罪人とは雰囲気が違う・・・苦しみ方が生々しすぎる。もしかすると、今までにこの屏風絵に取り込まれた人なのかもしれない」 「何だって!」 魔理沙は眉根を寄せ、小さく唇を噛んだ。 「それはほっとけないぜ。例のものは・・・上、だったな!」 魔理沙は箒を上に向け、ぐんと高度を上げた。 剣山の頂にさしかかるころ、上空から炎に巻かれた物体が落下してくるのが眼に入った。 その周囲には何かが群がっている。 「あれか!」 魔理沙が叫ぶ。 「あれだ!あそこへ向かってくれ!」 霖之助が答える。 「よーし」 魔理沙はさらに箒に加速をつけ飛び上がり、その物に接近した。 それは、古の貴族が乗っていたであろうきらびやかな檳榔毛(びろうげ)の牛車で、炎に焼け散る車の装飾が火の粉となって周囲を取り巻き、さらにその周囲を、名状しがたい形状の猛禽たちが飛び回っていた。 そして車の中からは一人の美しい上臈(じょうろう)が今しも上体を乗り出し、苦悶の表情で炎と煙から逃れようとしている。 しかしその体は鎖で縛められており、この恐るべき状況からは絶対に逃れられぬようになっていた。 「何てひどい・・・どうする香霖!」 魔理沙が後ろを向いて訊ねる。 「あれは絵の中の存在だ、思い切りやってもかまわない!」 霖之助はそう答えた。 「げ、ぶっ飛ばせって?いくら絵の中の人だからってちょっと気が引けるぜ」 魔理沙は顔をしかめた。しかし、 「やってやるか、今までにこの絵に取り込まれた人のために!」 ミニ八卦炉を取り出し、牛車に向けた。 「くらえ、マスタースパーク!」 凄まじい光の奔流が八卦炉から迸り、牛車を飲み込んだ――と見えたが、そのとき牛車がいきなり旋回してそれをかわした。 「何!?」 魔理沙がぎょっとする。同時に、牛車が火炎を魔理沙たちめがけて吹き付けてきた。 「うわっ!」 とっさに回避する。すると今度は、牛車の周囲を飛んでいた猛禽たちが一斉に襲いかかってきた。 「くっ」 回避しつつマジックミサイルで応戦、迎撃する。 「どうなってるんだ、これは!」 「どうやら画家の意思があの牛車を操っているようだ」 霖之助は舌打ちした。「やはり簡単にはいきそうにない」 「そうか?」 魔理沙は笑った。「あいつをぶっ飛ばせばいいということがはっきりしたじゃないか」 再び牛車が炎を発した。今度は四方八方に炎を散らし、魔理沙たちを取り囲むように襲いかかる。 「うわっ」 霖之助が思わず声を上げるが、魔理沙はちらりと笑って、 「回避不能弾幕は幻想郷ではご法度だぜ」 と、懐から宝玉をいくつか取り出してばら撒き、手早く呪文を唱える。 すると宝玉が青白く光り、そこから一斉に白いガスのような光が噴き出した。 光は襲い来る炎をかき消し、さらに猛禽たちを飲み込む。 猛禽たちは氷づけになり、落下していった。 「熱いだけが地獄じゃないぜ」 魔理沙は牛車に向かって手を突き出す。「受けてみろ、コールドインフェルノ!」 宝玉が一斉に牛車に殺到し、冷気をどっと吹きつけた。 牛車の炎がみるみるかき消えてゆく。 「とどめだ・・・」 魔理沙は懐からスペルカードを抜いた。 その時、下のほうから不気味な音が聞こえた。 「危ない、下からくるぞ!」 霖之助の叫びに下を見ると、剣山刀樹の刃が一斉にこちら向かって撃ち上がってきていた。 「うわっ!」 魔理沙はとっさの霊撃で自分たち周囲に飛んでくる刀剣を弾き飛ばす。そして牛車のほうを見ると、もうその場所にはいなかった。 「どこへ・・・」 宝玉を自分のところへ戻しながら辺りを見回す。 霖之助が叫んだ。 「危ない!上から襲ってくる!」 魔理沙は上を見ず宝玉からの冷気を一斉に上方へ放射させ、前方へと回避行動を取る。 牛車は冷気を嫌って大きく旋回し、魔理沙もその間に牛車を捕捉して再び相対した。 「ここにあるものはすべてあちらの武器ということか」 魔理沙は舌打ちした。「ということは・・・」 下のほうでゴゴゴという振動音が聞こえた。 「やっぱり!」 魔理沙は宝玉を自分たちの周囲に広げ、冷気を放出させる。 同時に下から紅蓮の大火焔が何十本の火柱となって立ち上がった。 火柱は噴水のように、いったん収まっては再び噴き上がってくる。 それは毎回異なるところから噴き出してくるので、魔理沙はその回避に忙殺された。 「くそ、あいつを見失った!」 「それよりもここから逃れなければいけないんじゃないか」 「逃げたら元の木阿弥だろ!ここで何とかかたをつけないと・・・」 「しかし、かわすのに精一杯じゃやつの攻撃を防げないぞ」 「それはそうだけど・・・」 魔理沙はまた一本の火柱をかわした、その時、その火柱がいきなりぐいっと折れ曲がって魔理沙たちのほうに落ちかかってきた。 「うわっ!!」 ぎりぎりのところで回避する。 しかしその目の前に、別の火柱を突き抜けて牛車が飛び出してきた。 そして、そのままの勢いで魔理沙の箒に激突する。 「ぐうっ!」 魔理沙はとっさに宝玉で直撃をガードし、ぎりぎりのところで転落をこらえた、が、 「うわっ!」 霖之助がその衝撃で魔理沙の体から手を離してしまった。バランスを崩し、箒から転落する。 「香霖!!!」 魔理沙は血相を変え、手を伸ばした。しかし届かない。 霖之助はそのまま炎の海へ落下していく。 「香霖!!」 魔理沙は霖之助を追って急降下した。そしてあっという間に追いつき、 「香霖!つかまれ!」 手を伸ばす。 霖之助がその手を伸ばし、魔理沙の手をつかもうとした――が、 彼はいきなりその手を突き放した。二人の間の距離が開く。 「なっ・・・!」 魔理沙がバランスを崩したとき、上から牛車が落ちかかってきて、 今しがた二人がいた位置を通過していった。 あのままだと、二人ともまともに轢かれていただろう。 「香霖――――!!!」 魔理沙が思い切り叫ぶ。 「魔理沙、君だけでも―――」 彼女の耳にはそこまでしか聞こえなかった。 その姿の前に牛車が立ちはだかり、 喉を締め付けるようなくぐもった声で魔理沙に笑いかけた。 「邪魔するな!」 魔理沙は牛車の横をすりぬけ、なお霖之助を助けに行こうとしたが、 その時牛車の横面がぼんと破裂して炎を吹き出し、 魔理沙は飛び散る木片と炎をまともに食らって気が遠くなった。 (香霖―――) 魔理沙は霖之助のほうに手を伸ばしながら、箒から転げ落ちた。 九. 「―――できました!」 阿求が上体を起こして額の汗をぬぐう。その右手には筆が握られていた。 「間に合うか・・・」 慧音が心配そうに絵を見つめる。 その後ろでは、霊夢が一心不乱に何かを唱えていた。 |