1.幻想郷の長雨(その1・博麗神社) チン トン シャン 「チン、トン、シャン〜。いいぞいいぞ〜。もっとやれ〜」 「まったく、いつも思うけど、昼間っからよく飲めるわね」 「んー?だって毎日毎日雨でしょ。こういう日に、飲む以外になんかすることあるの?」 「まあ・・・ないわね」 「でしょ。神社のほうもこんな雨の日には参拝客なんか来ないでしょうし。 まあ、普段から来ないけど」 「あんたらのせいでしょうが」 「まあまあ。霊夢もぐいっと」 「はあ・・・こうも毎日雨だと・・・」 博麗霊夢はいささかうんざりしたようにつぶやいた。 これでいったい何日連続の雨だろうか。今日はいつもに比べて雨足は弱いが、それでも外出は憚られるほどの強さはある。 隣では伊吹萃香が日中から酒をかっくらっていい気分になっており、 雨漏りの水滴がお椀や盥に落ちる音にあわせて鼻歌を歌ったりしていた。 「あの三姉妹もこれくらい風情のある音を奏でてくれればねえ」 「これのどこが風情なのよ・・・そうだ、あんた、屋根の修繕手伝ってくれない?」 「んー?」 萃香は締まりのない顔を霊夢に向けた。「イヤ」 霊夢はむっとして、 「人の家で酒かっくらっときながらずいぶんな言い分ね」 「自分の酒だもん。それに、いつも神社の掃除を手伝ってあげてんのに、このうえ屋根の修繕まで? それなら、それなりの報酬をいただかないとねえ」 「何ですって!」 「ほれほれ、前払い」 「くっ・・・」 「払えないよなあー、万年金欠のこの神社の収入じゃあなあー」 「・・・お願いです伊吹萃香さん、どうか屋根の修繕を手伝ってください」 「うむ、よろしい」 萃香は深々と頭を下げた霊夢を見てくすりと笑い、うなずいた。 「それじゃもう少しして酔いが覚めてから。 今取り掛かったら、手元が狂って雨漏りどころじゃすまなくなるかもしれないし」 「はいはい。お願いします・・・ にしても、あの雨、あんたの力でどうにかできないの? あんたは天蓋の月を砕くこともできるんでしょう?その力でなんとかできないの」 「壊すのは得意だけどね。 今私が天蓋を一打ちしたら、天蓋が割れて空の上に貯まってる水がどっと降りかかってきて、 それこそ地上は大洪水、になるかもしれないけど、いい?」 「遠慮しとくわ」 「だろうね」 二人はそれからひとしきり雑談した後、屋根の修繕に取り掛かった。 |
2.幻想郷の長雨(その2・魔法の森) 「おーいアリス!」 どんどんと扉を叩く音に、アリス・マーガトロイドは顔をしかめた。 「うるさいわね!」 研究中に集中を乱されたアリスは思わず扉に向かって叫び返し、それから我に返って息を整えると、 歩いていって扉を開け、霧雨魔理沙を招き入れた。 「何だ、研究中だったか?」 魔理沙はアリスに笑いかける。 アリスは外を見て、 「あら・・・雨が降ってたのね」 魔理沙はびっくりして、 「おいおい!ずっと前から雨降ってるぜ?」 「そうなの。ここ数日ずっと研究中だったから、気づかなかったわ」 そう言うアリスの目には少なからず隈ができ、顔色もあまり冴えなかった。 ここ数日、寝食も忘れるほど一心に打ち込んで研究していたのだろう。 「数日どころか、もう十日以上ずっと雨だぜ?」 「そう・・・時々雨が降ってるのかなとは思ったりしたけど。 で、こんな雨の日にいったい何の用事かしら」 「この雨のことで来たんだ」 魔理沙は戸口に箒を立てかけた。雨の中を飛んできたにしては彼女の体も箒も全く濡れていないが、 もちろん彼女は魔法使いなので、雨をガードする程度の防護フィールドは展開できる。 「雨なんてどうでもいいじゃない。私は忙しいの・・・」 言いかけたアリスは突然ふらついた。魔理沙がとっさに抱きとめる。 「おい!大丈夫か!」 「あ・・・ちょ、ちょっと眩暈が・・・」 「全く、根を詰めすぎだぜ」 魔理沙はアリスを寝室へと連れていくと、ベッドに寝かせた。 「飯を作ってきてやる。ほかのことは上海や蓬莱にやらせてくれ」 「ごめんなさい・・・」 アリスはふうと息をつき、布団をきゅっと握った。 「やれやれ、寿命長いくせに、何でもっとのんびりしないんだろうな」 台所に向かいながら魔理沙はため息をついた。 (アリスを誘おうと思ったけど、当てが外れたな。アリスは一晩寝れば大丈夫だろうけど、 無理はさせられんし・・・やはり霊夢のところに行ってみるか) 魔理沙とアリスが居を構えているここ魔法の森でも、異常な長雨は続いていた。 「秋雨は長く続く」とはいうが、十日以上も降り続くとは普通ではない。 魔理沙の家では魔法書などの蒐集品が湿気てくるなどの被害が出始めている。 今年は花が異常繁殖するという異常現象があったが、あれは原因が判明し、事態は収束に向かっていた。 あとは江戸弁死神の勤勉さ次第だろう。 しかし、この事象はそれとは関係があるまい。しかしこの幻想郷に、長雨を降らせて得をする者がいるのだろうか? こんなに気が滅入ることを喜んでする者の気が知れない。 魔理沙はアリスのためにおかゆを作ってやり、運んでいった。 そして食べさせようとしたが、アリスは怒って 「それくらい自分でできるわよ!」 とスプーンをひったくって自分で食べてしまった。 それでも、食べたあとは、 「ありがとう。美味しかったわ」 とお礼を言ってまたベッドに横になり、 「ありがとう、あなたが来てくれなかったらどうなっていたか・・・今日はうちの台所使って夕食食べていっていいわよ。 私は今晩寝ればたぶん大丈夫だから、看病はいいわ」 と目を閉じて言った。 魔理沙はほっとして言った。 「そうか。別に礼はいいぜ、今度何か魔導書を見せてくれるならな。 私は急ぐから、ここでの夜は遠慮しとくぜ。それじゃ」 そしてすぐに館を出ると、博麗神社向けて飛び去った。 「・・・本当に、落ち着きがないんだから」 アリスはため息をついて窓の外を見た。9月の終わりながら、梅雨のような陰鬱な雨が降り続いている。 (これが十日以上降り続いていたのね。あーあ・・・タイミング悪かったな) 彼女は上海にカーテンを閉めさせると、そのまま眠りについた。 |
3.幻想郷の長雨(その3・紅魔館) 「・・・・・・ふう」 レミリア・スカーレットはチェスの途中でため息をついた。 「どうしたの」 パチュリー・ノーレッジは別段表情を変えるでもなく、盤上に目を落としたまま訊いた。 「このところずっと雨だから外出できなくて、どうにもいらいらしてね」 レミリアは駒を進めると、 「ノアの大洪水では雨は何日降り続いたのだったかしら」 と訊いた。 「四十日と四十夜ね」 パチュリーはそう答えると小さく唸り、黙考を始めた。 「ふん、それに比べるとまだマシかしらね」 レミリアはパチュリーのしかめ面を見ると得意げににやりとした。 (今のは前々から狙っていた一手・・・挽回できるかしら?) 十日以上前から降り続く雨は、ここ紅魔館にも影響を与えていた。 周囲をとりまく湖の水位が上がり始めて門のすぐ外まで達したこともそうだが、 「流水を渡ることができない」吸血鬼の弱点により、当主のレミリアがずっと館に足止めをくらっていることは大きな問題だった。 彼女はよく博麗神社を訪れて霊夢とたわいない事どもを話し合うのを楽しみにしていたが、 それができないことでストレスがたまってきたのか最近はメイドたちに何かと当り散らし始めており、 現在はメイド長の十六夜咲夜が手練手管でそれを宥めているものの、 このままいったらいかな彼女とてどうにもならない状態になるのではないか、とメイドたちは戦々兢々としていた。 「・・・・ふう」 パチュリーはようやく顔を上げると、大きく一息ついて言った。 「いい手ね。私の負けだわ」 「あら、まだ勝負はついていなくてよ、パチェ」 レミリアはくすりと笑った。「あなたならば逆転できるかもしれないわ」 「レミィも意地悪ね。負けるとわかっていて、先を指せるものですか」 パチュリーは苦笑して、 「リザイン。あなたの勝ちよ」 と告げた。 レミリアは満面の笑みで、 「今のは会心の一局だったわ。これで今日のところはぐっすり眠れそう」 (全く、無邪気なんだから) パチュリーは心の中でもう一度苦笑いした。こういったところででも「毒抜き」をさせてやらなければ、 後日こっちにもとばっちりが来るかもしれない。気づかれないようにわざと負けるのも大変だ・・・ 「時に」 レミリアが笑みを収めてパチュリーに言った。 「あなた、この雨を止ませることはできないの?」 「雨を・・・?」 「あなたの精霊魔法で、雨を降り止ませることはできないの?」 「・・・無理ね」 パチュリーはすぐに首を振った。 「局地的にならともかく天候ともなると、それが自然の理において運行している限り、私は何ら手を出せない。 自然に逆らうようなことをすれば、私は精霊に見放されてしまうわ。 これが人為的なものであれば私がそれを覆すこともできるけれど、 私の見る限り、これは全くの自然現象よ。確かに妙だけれども・・・だから、私の出る幕ではない」 「つれないわね」 レミリアは椅子に寄りかかった。「それじゃ、やはり咲夜にお願いしようかしら」 「メイド長に・・・?」 パチュリーは眉をひそめた。「あれに天候をどうこうできるような真似はできないと思うけれど」 「ふふ」 レミリアはくすくすと笑って、「運命がそう告げているの。咲夜ならこの状況を打開できる、ってね」 「ならば私に訊かなくてもいいじゃない」 「悩み事はまず友人に相談しなくちゃね」 レミリアはにやりとした。パチュリーは苦笑する。 「どういたしまして」 「人間にできないことはない。そして、彼女は期待を裏切らない。きっとなんとかしてくれるはずだわ」 次の日、十六夜咲夜はこの異常気象の原因を探り解決するため、紅魔館を発った。 その際、彼女はパチュリーから幻想郷に降る雨の分布や傾向などを詳しく教えてもらった。 「さて、まずはどうしようかしら・・・」 咲夜はしばらく考えて、 「やはりあそこへ行くのがいろいろと話が早そうね」 と言った。 |