桑樹の市(続き)


 

4.新聞は雨にも負けず


 屋根の修繕も無事終わり、霊夢と萃香は居間に戻ってきた。
「寒くない?風呂沸かそうか?」
「これしきの雨で風邪ひくわけないじゃん。よっ・・・と」
「うわっ」
萃香がいきなり炎を発して体を乾かしたので、霊夢はびっくりした。
「火事になるでしょ!」
「あはは。霊夢こそ早く風呂に入ってきなよ」
「じゃ、すぐに湯船に水を入れるから、あんた水に浸かって今の要領でお湯を沸かしてちょうだい」
「私は焼石か」
「人に風呂を勧めたんだから、ほらほら」
「あとで何か食わせろー」
「最近レミリアが来ないから、そろそろ食が底をついてきたのよね」
「吸血鬼に養ってもらってんの!?」
「背に腹はかえられんっ!」
「何どっかの野球部部長みたいなこと」
「?」
「何でもない。さ、行きましょ。早くしないと風邪ひくよ」
 二人は風呂場に行った。まず霊夢が湯船に水を張り、それから萃香が水に浸かってぐっと全身に力を込める。
すると、たちまち水面から湯気が立ち昇ってきた。
 霊夢は感心して言った。
「はあ・・・すごいわ。これからは薪割りしなくてもよさそうね」
「こらこらこら!」
萃香は苦笑した。「これ以上ナマケモノになるつもりか」
そして湯から出る。「人間が入るなら、ま、こんなもんでしょ」
 霊夢は湯に手を差し入れると、至福の表情になった。
「ああ・・・いいお湯ぅ」
「とっとと入ってらっしゃい」
「そうするわ」
 霊夢は服を脱ごうとしたが、萃香がじいっと自分を見ているのに気づいた。
「・・・何よ」
「いやー、腋巫女のサラシの下はどれくらいの大きさかと思って」
「あのね・・・さっさとあっち行きなさい」
「ちぇっ。まあいいか、どうせ紫に比べりゃ、あってないようなもんだし」
萃香はそう言うが早いか姿を消す。同時に彼女の立っていたところへおびただしい量の針が突き刺さった。


 「まったく怒りっぽいなあ。最近ろくなもん食ってないんだろうね」
萃香がそう言いながら元の部屋へと戻って来ると、いきなり障子を突き破って新聞が飛び込んで来た。
そしてほぼ同時に縁側のほうへ誰かが降り立つ。
(あーあ、せっかく修繕したのに)
萃香は眉をひそめ、障子を開けた。
「あれ、あなたも来ていたんですか」
そこに立っていたのはやはり射命丸文だった。彼女は萃香を見て目を丸くしたが、すぐに相好を崩し、
「ここを最後にしたかいがありましたよ。さあ、飲みましょう」
と盃をあける仕草。
 「こんな雨なのに配達してんの?」
萃香は空を見上げながら尋ねた。文は胸を張って、
「雨にも負けず風にも負けずに新聞を皆さんにお届けする、それが私たちの誇りです」
萃香は振り返って畳の上の新聞を見た。
「何も投げなくてもいいじゃない。濡れてるわよ」
「あはは、これが最後だー、とつい気を抜いてしまっていつものくせで」
「たいした誇りね」
「まあいいじゃないですか。少々濡れても新聞の内容は変わりません」
 文はそうぶっちゃけると、下駄を脱いで勝手に上がりこんできた。そして辺りを見回し、
「あの巫女はいないのですか?」
 萃香は浴場のほうをあごでしゃくって、
「今入浴中だけど」
 それを聞いた文の目が輝いた。
「そ、それは究竟の撮影的機会!神秘に包まれたサラシの下の」
そのとき、どこからともなく飛来したホーミング御札が文の後頭部にぴたっと張り付き、爆発した。
「ぎゃーーーーーー!!」
「巫女イヤーは地獄耳ね」
萃香は肩をすくめた。

 

5.集合

 「・・・・・・で、うちに何の用かしら?」
風呂から上り、居間に戻ってきた霊夢は(もちろんしっかりといつもの巫女服だが)じろりと文を睨んだ。
「まさか酒を飲みに来たわけじゃないでしょう」
「あー、まあそうなんですけどねー」
文は頭をかいてアハハハと笑った。「いやあ、でも雨に降られたんですから、これくらいのことはないとやってられません」
 先ほど霊夢が戻ってくると、文と萃香が酒を酌み交わしている最中だった。
ホーミング御札が反応していたので、どうやら文が入浴中の自分を撮影しようとしていたらしい。
まったく油断も隙もない天狗だ。
 霊夢は机の上を見た。『文々。新聞』の最新号が置かれている。
ややごわごわしているのは、濡れていたのが乾いたものだろう。
「今日来たのはその件についてですよ」
と文。
 その表紙には、

 広がる長雨被害は自然現象か、それとも何者かの仕業か?

とあった。
 文はにやりと笑いながら、
「博麗の巫女のことですから、何かつかんでいるんでしょう?」
霊夢は答えた。
「いやなんにも」
文はがくっとずっこけて、
「そんなことないでしょう!」
霊夢も言い返す。
「こっちはそれどころじゃないのよ!毎日食うのにも困ってるのに、そんなことに構ってられるかー!」
「『私ががんばっている姿は誰も見てくれないんだから』とか言っといて、やっぱり何もしていないんじゃないですか」
「生きるってのは大変なことなのよ!何もしていないとは何よこのエロ天狗が。叩き出すわよー」
「な、なんか気が立ってますね・・・」
 萃香がくっくっと笑いながら言った。
「腹が減ってるからねー。焼き鳥にされないうちに帰ったら?」
 「おーい霊夢」
その時障子ががらりと開き、霧雨魔理沙が入ってきた。
「お、相変わらずヒマそうだな?」
「誰がヒマよ。あんたじゃあるまいし」
「いきなりずいぶんなご挨拶だぜ・・・おお、天狗に鬼か。これは宴会かな」
「宴会なら何か持ってきなさいよ。私の日常のぶんも」
「ははあ、また食うものに困ってるのか。じゃ幻覚キノコでも持ってきてやろうか、たちどころに空腹を忘れられるぜ」
「あんたねえ・・・」
「はははっ」
 魔理沙は笑いながらどっかと腰を下ろした。「・・・まずは一杯」
「いやいや、駆けつけ三杯」
萃香が笑いながら瓢箪と盃を差し出した。そこへ、
「・・・こんにちは」
と咲夜が顔をのぞかせた。
「今日はお客が多いわね」
霊夢がげんなりする。
「これお嬢様からの差し入れよ」
「いらっしゃいませ!」
霊夢は平伏した。
「現金だな」
魔理沙が笑う。
「おお・・・霊夢さんに魔理沙さんに咲夜さん、精鋭がそろいましたよー」
文がわくわくしながらメモ帳を握り締めた。

(続く)


 

6.出発

 「これが、パチュリー様が観測された、ここ三日の雨の分布ですわ」
 咲夜が一枚の紙を広げた。それは紅魔館を中心にした、幻想郷の降水量分布表だった。
もちろん、見方は他の者にはわからないので(文はなんとなくわかったようだが)、咲夜がその見方を簡潔に教える。
 「あいつ引きこもりなのによくそんなの観測してたな」
と魔理沙。
 「お嬢様からの依頼です」
 「ああ、外に出られないからか」
 「で、この赤いところが一番降雨が集中しているところですわ」
 そこは、人間の里から程近い、川の周辺だった。
 「これは三日間変わってないの。普通、雨雲は移動していくものだから、これは奇妙なことね」
 「パチュリーは誰の仕業か見当ついてるのか?」
 「いいえ、自然現象とのことよ」
 「雨が一箇所に集中して降り続けるのが自然現象か?」
 「確かにおかしいけれど・・・何者かの魔力など、作為的なものは感じられないとおっしゃっていたわ」
 「よくわからないなあ。行ってみるしかなさそうだ」
 魔理沙は腕組みした。「氷精が融けてるわけでもなかろうに」
 「このあたりって何があったっけ」
と霊夢が訊く。
 「川の曲がりが淵になって、周りが林になっているあたりですね」
と文。「いつも空から見てますから、たぶん間違いないですよ」
 「淵・・・かあ」
 「そこに何かいるのかな」
萃香が身を乗り出して地図を覗き込んだ。
 「あんたちょっと行ってきてミッシングででかくなって淵さらってきて」
と霊夢。
 「そんな目立つことできますかいな」
萃香は突っ込みを入れた。

 「えー」
文がつまらなさそうに、「いいニュースになりますよ」
 「これ以上異変を増やしてどうするの」
咲夜が霊夢を睨んだ。「いつもは異変となったら豹変して、出会ったものを片っ端からやっつけていくのに、今回はどうしたの」
 「ああ・・・」
 霊夢はお茶をすすった。
「おなかが減って・・・」
 「まったく」
 咲夜は(瀟洒に)顔をしかめた。
 「そういえば、このあたりで、ちょっと前になんかやってましたね」
と文。「市か祭りか、そんな感じの」
 それを聞いて霊夢が怪訝な声を上げた。
「祭り?・・・あれ、こんな時期に祭りなんかあったっけ?」
 「別にいつ騒いだっていいだろう。ここでもしょっちゅう宴会やってるじゃないか」
と魔理沙が笑う。
 「お祭りと宴会を一緒にしないの」
と霊夢。「お祭りって言っても騒ぐのが本番じゃないわよ?その前に、社殿もしくは神籬に神様を祭る神事を行って、騒ぐのはその後。
それに神様を祭るにはそれにふさわしい時があるのよ。むやみやたらに神様を呼び出したりするものじゃない」
 「おお、本業らしい台詞をひさびさに聞いたぜ」
 「うーん・・・市ならともかく、祭りって・・・何か神事でもやったのかしらね。私に一言もなく・・・」
霊夢は机をとんとんと指で叩いた。「まさかそれが原因で・・・?」
 「ここは最近いっそう来にくくなりましたからねー」
と文。「大量発生した花や草が参道のほうにも生い茂ってましたから、その枯れ草で道が見えなくなっちゃってます。
あまり雰囲気よくありませんねー。まあ特に面白くないので記事にはしませんが」
 「神社周りだけではなく参道もしっかり掃除しなきゃ。神社は清潔が第一でしょ?」
 咲夜が「お前のせいだ」と言わんばかりの冷ややかな視線で霊夢を見ながら言った。
 霊夢はむっとしたように、
「あんたはいくらでも時間止められるからいいじゃない。私の時間は限られてるのよー」
と言い返す。
 「その時間は夢の楽園で遊ぶことに費やされているのであった」
と、そのとき萃香がぼそり。
 霊夢はぎょっとして、
「なっ!なに言ってるのかなー萃香ちゃん!?」
 魔理沙、
「さすがは楽園の素敵な巫女だぜ」
 文、
「さすがは博麗神社の貧乏巫女」
 咲夜は何も言わず、養豚場の豚を見るかのような目つきで霊夢を見つめた。
 「・・・・・・・・・・」
霊夢は突き刺さる三人の視線に肩をすくめた。
「わかったわよ、調べに行くわよ」
 「おお!では密着取材を」
 文が目をきらきらさせながらにじり寄ってきた。
 「天狗がついてきたらみな怯えるでしょ。隠れ蓑でも着てきなさい」
 「むう、では河童謹製光学迷彩スーツでも」
 「あるんだ!?」
 「うふふふふ、どこでも侵入できますよ」
 瞬間、文に一同の殺気が集中した。
 「・・・たとえば、どこへ?」
と霊夢。
 文は落ち着き払って、
「・・・取材内容は明かせません」
 「それをしゃべらずにここから無事に帰れるとでも?」
 「ほう。ではたとえば霊夢さんを取材した、と明かした場合、ほかの三人に赤裸々な秘密を暴露することになりますが、
それでよろしいのですね?」
 「え!」
 霊夢はぎょっとした。
 それを聞いて魔理沙、
「それはぜひ聞きたいな」
 咲夜、
「後学のためにお聞かせいただきたいですわね」
 萃香、
「私も知らない霊夢の秘密が今ここに!?」
 霊夢はそれをさえぎって、
「待った!そのことは今はいいから、さっさと里へ向かいましょう!」
と立ち上がった。
 「いってらっしゃーい」
 萃香が酒をあおりながら言った。
「私は留守番してるから」
 「あんたも来るのよ!」
 霊夢がその首根っこをつかむ。
「いたたた!鬼が里に行ったらそれこそ大騒ぎじゃない!」
「疎になって消えてなさい。どうせここには誰も来やしないわよ」
 「本人の口からなんとも悲しいセリフだぜ」
 魔理沙が苦笑した。


続く→

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