妹様のお使い(続き)


8.幽々子のお願い


 アリスの一喝でその場にいた全員がてんやわんやしたが、結局は幽々子がダイバーパワーで妖夢を宙に浮かせ、
そのままアリス、そしてファティマ“上海”、“倫敦”と四人でファティマメンテナンスルームへと運んでいくことになった。
 「私はどんぶりよりも重い物を持ったことがないのよね〜」
と幽々子はアリスに言った。
「でしょうね」
アリスは、ふよふよと宙を漂いながら前を進んでいく妖夢を見た。
「それにしても・・・よくあれだけの火傷で済んだわ。消し炭になってしまうんじゃないかと思った」
「直撃を受ける前に分身の片方がもう一人を突き飛ばし、同時にその分身を引っ込めたのよ」
幽々子がちらりと笑って言った。「あの子、お姉様の命令だから殺さない、と言っていたけど、完全に殺す気だったわ。
今頃は心の中で地団駄踏んでるでしょうね」
それから妖夢を見て、
「この子はまだまだ頼りないけど、時々はっとさせるものを見せてくれるわ。さっきみたいにね。
騎士として戦いに負けることは死を意味するけど、そこで生き残ったということは、まだ先があるということ。
私も最近、それが見てみたくなってね・・・」
 アリスはファティマメンテナンスルームの扉を開けた。ここは騒霊三姉妹のメンテナンスに使われる部屋で、
その設備は最先端の設備が導入されている病院以上。
 アリスは部屋中央にあるカプセルのひとつに再生液を注入し、
ファティマたちとともに妖夢にしかるべき処置を施してから呼吸用マスクを取りつけ、
妖夢を液に浸してからカプセルを閉じた。
ひどい火傷だと皮膚を交換した上で再生液に浸して着床しなければならないが、妖夢はそれほどではなかった。
幽々子の言ったとおり、妖夢がとっさの判断であの炎の剣の直撃をかわしていたためだろう。
 アリスはひととおりの処置を済ませると、ふうと一息ついた。
「ご苦労様」
幽々子がにこりと微笑みかける。「どれくらいで治るかしら」
「人間は回復が早いから、まあ、四日です」
アリスは妖夢の心拍数、体温などが表示されているモニターを見ながら言った。
「お肌ぴちぴちの可愛い妖夢に戻ってるかしら?」
「それは大丈夫です」
幽々子の話し方に、この主人はあんまり従者のことを気にかけていないのではないだろうか、とアリスは思った。
 「ところで」
アリスは幽々子に向き直った。「今回、私をお招きになったのはどのようなご用件でしょうか。まだ伺っていないのですが」
「あら」
幽々子は首をかしげて、「妖夢から聞いてないのかしら」
「妖夢も、あなたからは何も聞いていないと言っていましたが?」
「あらあら」
幽々子は小さく舌を出した。「そうだったかしら」
「そうです」
「それでは、今ここで依頼します」
幽々子はアリスをまっすぐ見て言った。
「妖夢のためのMHとファティマを発注させていただくわ」
「MHと・・・ファティマを」
アリスは驚いた。確かに彼女はMHマイトでありファティマ・マイトであるダブル・マイトだが、
その両方を同時に受注するのはそうそうないことだった。
「でも、ここには三人もファティマがいるのでは?彼女ほどの腕前ならば、誰かひとりは彼女をマスターと呼ぶでしょう」
「だめだめだめ」
幽々子は首を振った。「あなたならわかるでしょう?彼女たちは」
アリスはため息をついて言った。
「やっぱりダムゲートコントロールを外されてるんですね」
「そうそう」
幽々子はうなずいた。「だから、表には出せないのよ〜。妖夢にはやっぱり、日のあたるところに出てほしいし。
それに、あんな騒がしい子たち、妖夢には合わないわ〜」
アリスは、騒霊三姉妹のはしゃぎっぷりにげんなりしている妖夢を思い浮かべた。
「それも・・・そうですね」
「だから、できればエトラムルでお願い」
と幽々子。
「エトラムルですか。そうですね」
アリスはちょっと宙を見上げた。現在エトラムルは数体開発中だが、そのうちの一体を使おうか、と考える。
ただ、妖夢の能力に見合うようにするには、もっと手を加えないといけない。
MHのほうは・・・レミリア・スカーレットから霊夢の“巫姫”、魔理沙の“黒彗姫”に使ったエンジンをもう一組与えられているので、
それを使って組み上げよう、と思った。彼女の能力なら、強大なパワーを持つMHも使いこなせるだろう。
ただ、ここにその資金を払うだけの金があるかどうか、だったが・・・
 アリスはうなずいて言った。
「開発については問題ありません。お見積もりを後で出させていただきます」
「おねがいね〜」
幽々子はニコニコしながら言った。
(む、実は結構蓄えがあるのかしら)
アリスは眉をひそめた。白玉楼が、幽々子の食道楽のために財政がかなり厳しいということは公然の秘密だったので。
それを見て、幽々子がにやりと笑った。
「あら、どうしたの眉をひそめちゃって。ここにそんなお金を払う余裕があるのかしら、って言いたそうね」
「いえ、そんなことは」
アリスは形の上で否定した。
「こう見えても、裏ではちゃんとへそくりしてるのよ〜。
誰も彼も、私の食い意地が白玉楼の財政を傾けてるって言うけど、本当、失礼しちゃうわ」
 本当かしら、と心の中で訝るアリスに、幽々子がやや真面目な表情になって尋ねた。
「ところで、あなたが出会ったという巨大艦のことだけれど・・・」

 

9.一同、飲む


 「ブラボー!」
騒霊三姉妹による「恋色マスタースパーク」の演奏が終わると、魔理沙は歓声とともに拍手した。
「どうです、ハッピーになったでしょう」
トランペットでメロディーを担当していたメルランが得意げに胸を張る。
「おお、ハッピーだぜ」
魔理沙は笑いながら親指を立ててみせた。
 「・・・・・・・」
その隣では、フランが憮然として食事をとっていた。
 フランと妖夢の一戦のあと、一行は宴席に招かれていた。
食通をもって知られる西行寺幽々子だけあって、テーブルの上にはありとあらゆる山海の珍味が並べられており、
その豪華さは紅魔館のそれにも劣らない。しかし、フランはそれを口にしながらも気が晴れないようだった。
「どうされたのですかフランドール様?」
と咲夜が訊いた。「食事がお気に召さないのでしょうか」
「ううん」
フランは首を振った。「とっても美味しいけど」
「それにしては、気が進まないご様子です」
「別に」
フランは料理に目を落とし、黙って料理をほおばる。
(ああ・・・いったいどうしたのかしら)
咲夜は心中でため息をついたが、そこへ魔理沙が振り返って言った。
「妖夢にフォーオブアカインドを外されたんで、機嫌が悪いんだろ」
「えっ!?」
咲夜は驚いた。「外したって・・・フランドール様!」
「何よ」フランが咲夜を見上げる。
「殺すつもりだったのですか?」
「私たちの館に押し入った奴らよ。死んで当然じゃない。
お姉様からも、殺すな、とは一言も言われなかったし、騎士同士の戦いに死人が出るのは当たり前でしょ。
・・・フォーオブアカインドの直撃をかわしたのはムカついたけど、一応私の勝ちだし、動けなくなったからやめてあげたけどね」
 わざと直撃を外したものとばかり思っていた咲夜は冷や汗をかいた。それで機嫌が悪かったのか。
「あいつ、今回生き延びたから今度はもっと強くなって帰ってくるぜ」
魔理沙が笑いながらフランの肩を叩いた。
「かもね」
フランは、大して気にも留めていない様子で答えた。
「まあ、そうしみったれてないで、飲め飲め」
魔理沙はフランにワインを勧める。
「ちょっと、こういう場であんまり・・・」
咲夜は止めようとしたが・・・


 「フランスワインが美味しいんですよ〜」
「ちょっ、フランドール様!顔が違ってきてますよ。言葉遣いも!」
「ちゃうねん、顔違うとかじゃないねん。なあ、ワイン飲める?」
「魔〜理〜沙〜」
フランに絡まれた咲夜は魔理沙を睨む。
「機嫌が直ったみたいで、何よりじゃないか」
その魔理沙は全く悪びれる風もなくワインをあおっていた。そして隣のアリスに声をかける。
「アリスももっと飲めよ」
「こういう場でよくそんなに飲めるわね。一応晩餐会でしょうに」
呆れたように言ったアリスも、すでに魔理沙にさんざん勧められて頬を赤く染めていた。
「う・・・ちょっと飲みすぎたかも・・・」
「大丈夫、酔いつぶれたら私が部屋まで送っていってやるぜ」
「馬鹿にしないで。だいたい今のあなたの頭身で、私を送っていけるわけないじゃない」
アリスはむっとして、またグラスに口をつける。
すでに使節歓迎の晩餐会というよりただの宴会と化していたが、この面子では仕方がなかった。
「おお?焼酎もあるのか?そいつもくれないか」
魔理沙はなおも飲み続ける。
「全く・・・」
咲夜はまとわりついてくるフランをあしらいながらため息をついた。それからふと気づいて、
「博士、ここの主はどうしたのかしら。一緒に出て行ったのでは」
とアリスに訊く。
 「ここへ来る途中に出会った巨大艦のことで・・・」
アリスは頭をはっきりさせるように軽く頭を振って答えた。
「あの空域を航行していたら、ひょっとしたら盗掘目的の艦かもしれないって・・・」
「なるほど・・・ありうるわね」
咲夜は眉をひそめた。
「それにしても・・・あなた全然酔わないわね」
アリスは怪訝そうに咲夜を見た。「けっこう付き合ってるみたいなのに・・・」
「強いのです」
咲夜は涼しい顔でこともなげに言った。
(さすが完全で瀟洒な従者・・・)
アリスは大きく息をついた。もうダメ、限界だ。
「やっぱり、もう部屋に帰るわ・・・」
そう言って立ち上がると、ふらつきながら部屋へ向かって歩き出す。
 「上海!アリスを頼む」
その姿を見た魔理沙は、上海にアリスを任せた。
上海はアリスに手を貸しつつ部屋へと導いてやる。
「そろそろお開きにしましょうか」
咲夜も立ち上がった。「主催者も戻られないようですから」
「んじゃ、部屋に戻って二次会にするかフラン」
そう言った魔理沙の額にナイフが突き刺さった。
「いい加減にしなさい」
「お・・・おお・・・」
 結局、その日はそこでお開きとなった。
 咲夜はフランを部屋に連れて行って彼女が寝るまで相手をし(酔っていたのですぐに眠った)、
それから自室に戻って一息ついた。平静を装うのもなかなか大変だ。
 彼女は水を飲みつつ心を落ち着け、考えた。
(それにしても、幽々子があれきり戻ってこなかったのは気になる。
アリスの言っていた、巨大艦は盗掘の目的であそこを航行していたのでは、という話・・・
本当ならば、白玉楼にとっては由々しい事態になるだろう。洒落ではなく。
もしそうならば、自分たちはどうするべきか?白玉楼に手を貸すのか否か)
 紅魔騎士はすべてレミリアの代理として彼女の軍を動かすことができる。
だから、咲夜やフランが白玉楼に手を貸せば、それはレミリアの意思、レミリアの決定となる。
 最近は白玉楼(というか、幽々子)とS.K.D.とは裏でトラブルが数件あっただけに、
軽々しく手を貸すのもどうかと思われる。しかし、ここで恩を売っておくのも悪くはない。
咲夜はシャワーを浴びながらもそのことについて考えつづけ、一応の結論を出してからベッドに入った。

(続く)

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