おばあちゃんのおばあちゃんが・・・って面倒ね。おばあちゃんって言うことにするわ。
「・・・それからも、狼さんは目に見えるところや見えないところでおばあちゃんのおばあちゃんたちを助けてくれたそうよ・・・狼さんだってそうなんだから、わたしたちもちゃんと人助けしなくちゃね。ってお話」 「ここじゃ」 祖母は、とある大きな切り株を指差して言った。 「ここが、わしらのご先祖が狼さんを助けた樹じゃよ。わしが小さいころに朽ちて倒れてしまって、今は切り株になっておるがのう」 「それじゃあ、ここへ・・・」 姉が切り株の上へ袋を置き、結びを解いて広げ、中にあったいくつかの皿を並べる。次いで父と母が別の袋を置き、饅頭や肉を皿に盛っていった。そして弟が袋を開き、よく煮た筍と、果物を皿に盛る。最後に祖母が水の入った器を切り株の上に置き、手を合わせると山のほうに向かって言った。 「狼さん、あんたは天狗様になって今でもわしらを見守ってくれとるんじゃのう。何とありがたいことじゃろうか。これはわしらからの心づくしじゃ、どうか受け取って下さいませや」 他の者も彼女にならって手を合わせた。そしてしばしの間、山に向かって頭を垂れる。 やがて祖母が頭を上げると、一同も頭を上げた。そして帰途に着く。 少し進んだところで、弟がくるりと振り返って、 「ありがとう!」 と叫んだ。姉も山に向き直って、 「ありがとう!」 と思い切り叫ぶ。すると、まるでそれに応えるように、山が風に吹かれてごうごうと音を立てた。 次の日、姉弟と父が切り株のところに行ってみると、お供え物はきれいになくなっていた。そして兎が八羽、切り株の周りに並べられていた。 一同は、一度に運べない兎はそのまま残して、持てるだけの兎を持ち帰った。 里の者は、獣も一度受けた恩は忘れないものなのだ、そして善行の報いは幾代にも渡るものなのだ、と噂しあった。 |
「椛、ちょっといいかしら?」 哨戒中に勝手にルートを外れてあらぬ方向へ行っていたとして上司からこっぴどく叱られ、ようやく解放されて外に出てきた犬走椛に、背後から誰かが声をかけた。 振り返ってみると、それは鴉天狗の射命丸文だった。 椛は怪訝そうな顔で応じた。 「ああ・・・文様。・・・なにか」 「何か、だって?」 文はにっと笑って椛の鼻先に人差し指を突きつけた。 「見てたよ?あんたが哨戒を中断して、あの子供たちを助けに行ったのを」 「えっ」 椛は(文字通り)狼狽した。 文はメモ帳とペンを取り出して、 「今、“ちょっといい話”的な話題を集めてるのよ。ほら、新聞は特ダネだけじゃなくって、ほのぼのした話とか笑える話とか、バリエーションが必要だから。さあ、あの子供たちとの関係を話しなさい。さあさあ」 ずいずいと近寄る。椛はたじたじとなって、 「あ、あの、近いです。近い・・・」 「喋ったら、離れてあげる」 「そ、そんな」 椛は顔を背けた。その耳に文はふっと息を吹きかけた。 「ひぅ!」 椛はびくんと震える。「だ、だめ・・・」 「どうしても言わないっていうのなら、仕方ないわね。あんたの体に聞くことにしよっかなーうへへ」 「え!?」 文はにたーっと笑うなり椛をぐっと両腕でつかむとそのままびゅんと飛び去った。 「い、い、いやああああああああぁぁぁぁぁぁ・・・・」 あとには椛の叫び声が空しく残った。 そしてここは滝の裏側。 「・・・・なるほど。昔助けてもらったお礼で、その一家をずっと見守っているのね」 「はい」 椛はうなずいた。「死ぬところを助けてもらったのですから、生きている限りあの人たちのために恩返しをしようと誓ったのです。人間より長生きはできませんが、自分の命がある限りと・・・でも、思わず長生きして天狗になってしまって」 「その人間の子孫までずーっと見守っているのね」 「はい。自分が生きている限り、と誓いましたから」 「うーん、いい子だねえ」 文は腕組みした。「なんて忠犬。“今日のわんこ”にも自信を持って送り出せるわ!」 「犬じゃないです。それに“今日のわんこ”って何ですか」 文、それはスルーして、 「千里眼の能力もそれで身についたのかな?」 「それは・・・どうでしょう。でも、おかげでいつもあの人たちを見ていられます。でも今回は私たちの山を挟んで逆の方向だったので、見つけるのが遅れてあの子達を怖がらせてしまいました」 「あの程度の物、ひと吹きで吹き散らせなきゃ天狗とはいえないよ?もっと訓練しなきゃねえ」 「す、すみません」 「でもけなげに頑張る姿がまた可愛かったり」 「や、やめてください」 「でも、何で名乗らなかったの?自分があの狼だって。それどころかろくにしゃべらなかったし」 「それは・・・」 椛はちょっとうつむいて、「何だか恥ずかしかったから・・・」 「わかってもらえないかもしれないでしょ。外見ぜんぜん違うんだし」 「別にわかってもらえなくてもいいです。ほめられようと思ってやってるわけではありませんし・・・あの人たちが平静に暮らせるのであれば、それでいいです」 「まったく」 文は腕を組んだ。「まあ、あの人間たちがそれと気づいてくれるかどうかね。でも最近の人間は鈍感なのが増えたから・・・」 そして手を叩いて、 「明日、あいつらがどうするか見てくるわ。あんたは仕事してなさい」 と言った。 「は、はい」 「それじゃーねー」 文はさっさと滝の外へと出て行った。 (まったく・・・) 椛は乱れた衣服を整え、立ち上がって一息ついた。 (文様もあんな感じだけど、優しいところあるな) それから滝の外へと出て行った。 次の日、夕刻になり仕事の終わった椛は、文に呼ばれて里に近い山の境へと連れてこられた。 「あの子達とその家族が、あれを」 文は切り株の上に並べられた饅頭などさまざまな食べ物を指差した。 「・・・・・・・・」 椛は深い息をついた。それは忘れるはずもない、自分があの子達の先祖に助けられた樹の切り株の上だった。 「わかってくれてたみたいね」 文は微笑んだ。「これだけの量、一日でそろえるのは大変だったでしょうね」 椛は無言で切り株の上を見下ろしている。 「ああ、あとあの子達が帰り際に大声で『ありがとう』って叫んでたから、あんたに代わって山を風で揺らしておいたわよ」 椛は文に小さく頭を下げ、切り株のそばに降り立った。そしてひざまづくと、自らに供えられた食べ物に対して二回拍手を打ち、それから一皿ごとにうやうやしく頭上に押し戴いた。その手は小刻みに震えていた。 文は空中に浮いたままだったが、椛が小さく嗚咽しているのがわかった。 (あの子とあの家との絆は、これからもずっと切れることはないんでしょうね) 文は思わず新聞記者口調でひとりごち、彼女のそばに降り立った。 「それじゃ、ありがたくいただきましょうか?」 「・・・はい!」 椛は喜びの表情で文を見上げた。その目元には涙が光っていた。 食事の後、椛は八羽の兎を捕まえてくると切り株の周りに並べ、文とともに妖怪の山へと帰っていった。 「律儀ねえ」 文が苦笑する。「残してくれるかしら?」 「おそらく・・・」 椛は微笑んだ。「いささか多すぎましたし」 次の日の夕方、文が切り株のところに言ってみると、三羽の兎が残されていた。 「ま、さすがに多すぎよね」 文は風を起こして三羽を宙に巻き上げた。 「世話代で一羽もらってやろうかな」 そして、山へと戻っていった。 |