ある日、床から起き上がり、欠伸をしながら縁側へと出て行くと、橙が縁側で何やら奮闘していた。
 近づいて見てみると、木彫りの小さな狐を彫っているのだった。
何個もある狐の像は様々なポーズをとっており、形はいびつで大きさも不揃い、
中にはとても狐には見えないようなものもあったが、いずれも愛嬌があって微笑ましかった。
 声をかけて訊いてみると、橙は、藍のために彫っているのだと言った。
 何でも、先日橙が散歩している時に、とある大木の下で仏像を彫っている老人に出会ったらしい。
橙が何をしているのかと尋ねると、自分の大切な方のために彫っているのだ、と彼は答えた。
 興味を持った橙が、自分もやってみたい、と言うと彼は快く了解し、
鑿の使い方などを橙に教え、最後に、くれぐれも自分の大切な人のために想いを込めて彫ることだ、と教えたという。
「それで・・・私は藍さまのためにこれを彫っているのです」
 後日橙は藍にそれらの狐像を手渡し、藍は大変喜んでいた。


 それから少しして、マヨヒガにひとりの娘が迷い込んできた。
人間はよく食料にするのだが、ここに迷い込んだ人間はそうせず、それなりにもてなして帰すことにしている。
もっとも、こちらは準備万端整えてからスキマより覗いているだけなのだが。
 昔の人間は巷の言い伝えに従ってお椀を持って帰ることが多かったが、最近の人間は怖がってすぐに帰ってしまう。
しかし、その娘は昔の言い伝えを心得ているのかそれとも単にのん気なのか、結構な間、家の中でゆっくりとくつろいでいた。
そのあと、橙の作った木彫りの狐を目にとめると、
それが気に入ったのかいくつか手にとって愛で、そのうちのひとつを持ち帰った。
 橙は気分を損ねたようだったが、藍が「自分があの娘にあげたのだよ」と言ってなだめていた。


 それから何年か経った頃、橙が自分に訊いてきた。マヨヒガから物を持ち帰った人間は幸せになるというが、
自分の作った狐の像を持ち帰った娘はどうなったのか、と。
 私も興味があったので、外へ出てその娘を探してみた。
 その娘は、裕福で性格も良い男性と結婚して、さらに三人の子宝をもうけて幸せに暮らしていた。
 帰ってそれを橙に話すと、橙はうれしそうに庭をはしゃぎまわっていた。
 私の隣でその姿を見ていた藍は、微笑みながら言った。
「稲荷狐というよりも、招き猫でしたね、あの像は」
 

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